ゲームの不自由さ
げーむのふじゆうさ
ゲームは万能感に浸れるものかと思いきや、むしろ一定の不自由さを楽しむもの。
『ICO』は手をつないで歩くだけだが、それをやり続けた結果、手をつなぐという行為が ゲームのなかで別の意味を持ち始める。そういう不自由さは設計されたものにしかない。 荘子itにとってそれが、のちに映画や作品を楽しむことにつながる原体験だった。
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関連項目
- 金曜ロードショー的小島秀夫の作品は「映画的」とよく言われるが、「金曜ロードショー的」と言ったほうが正確だ、 というのが福尾の見立て。
- チャチさを乗り越えた先の熱狂日本語で喋る白人の少年、ありえないほど目の大きい美少女キャラ、カチカチとボタンを押して テキストを進めるエロゲー。
- 行間が勝手に補完されるガンダムのように、裏に共有されたデータベースがあれば、穴だらけの描写でも強烈な快楽が出る。
- 黒嵜想『アーギュメンツ』の編集。
- 小島秀夫荘子itが小学生の頃からのメタルギア好き。
- Tohjiアリーナ公演のドキュメンタリー映画をイオンシネマで観た。
- 大島渚『少年』を平倉圭・濱口竜介のワークショップで扱った。
- DEATH STRANDING 2荒野を重い荷物を背負って歩く配達ゲーム。