大二病
だいにびょう
大谷能生の言葉とされる。
番組より
本当は哲学とか批評も大二病的なものであったはずなんだけど、今多分そういう憧れられ方ってあんまりしなくなってる感じがして。
大二病ってものがそもそもだから、温存されるべき病なのかとかもわからないしね。
この項目について
中二病とは違い、大学2年生くらいの人が背伸びして触れるもののこと。 哲学や批評も本来は大二病的なものだったはずだが、いまはそういう憧れられ方をしなくなった。 「こじらせワナビー感」を持ち続けること自体は否定しないが、それがペルソナを規定し続けていいのかという問いも同時に置かれる。 Dos Monosはその領域を担っている、と荘子itは言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 社会人2年目の病大二病の反対側にある病。
- 建蔽率福尾の比喩。
- 寂しさの消失2015年ごろまで人はもっと寂しそうだった、という福尾の現状認識。
- 不用意に前提されるつらさみんな疲れているしみんな辛い、という前提の上に人文系のコンテンツが積み上がっている状況への違和感。
- ベタがないとメタもないSOUL'd OUTのDiggy-MO'は今でこそ半笑いの対象にされがちだが、 中学生の荘子itはマジでかっこいいと思って聴いていた。
- 5分間だけ神になるポップスターのライブは、ファンダムが思い描くスターがステージに立っているという意味で 宗教でしかない。
- あらゆるものはフェティッシュである画質の悪い映像やレコードのノイズに反応してしまうのは、メディア経験の刷り込みなのか、 原理的なことなのか。
- 環境と社会は違う『非美学』で書いた話として福尾が持ち出す。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- Андрей Тарковскийニコニコ動画のガビガビの画質で見た原体験があるため、4Kリマスターのほうが嘘に感じてしまう、という例として挙がる。
- 伊藤亜紗帯文を書いた人として言及される。
- 大谷能生「大二病」という言葉を考えた人として紹介される。
- 落合陽一デジタルネイチャーを、デジタルに埋め尽くされたものも自然として捉え返す東洋的な統合として紹介するが、 福尾は「むしろ逆で、自然というものを深刻化しすぎている」と応じる。
- Kendrick Lamar器用で何でもできてしまう例。
- 佐久間荘子itの失踪した親友が弟子入りしていた人物。
- The Eraser福尾が収録に向かう道中で聴き返したアルバム。
- しっぽ先生荘子itが福尾を呼ぶときの言い方のひとつ。
- SKY-HIBMSGの番組で荘子itがMC的な仕事をした。
- 荘子it=ラッセン問題この回のサブタイトルにある。
- Diggy-MO'今では半笑いの対象にされがちだが、中学生の福尾はマジでかっこいいと思って聴いていた。
- Dos Atmos前作。
- 喉に刺さった小骨「それちょっときつくないか」と言うほどではないが飲み込めない、という感じのことを 福尾はしがちで、言わないまま帰り道に反芻する。
- Pearl2025年5月7日リリースの新曲。
- ピカピカブー子供番組の歌。
- Frances the Mute荘子itが今も車でリピートしているアルバム。