生きざま2.0
いきざまにーてんぜろ
1年ほど前に福尾が言った概念が、この回で繋がる。
番組より
新しいテクノロジーなのかカルチャーを得た人類が、新しい形で自分を記録し、それを見せるっていうものが、それ自体が何か作品になるっていうことだな。
日記とかポッドキャストって口実があるから、今までだったら見せなかった、見せないだけじゃなくて隠したわけじゃなくて、自分の人生にそもそも登場しなかったような行動とかが生まれてきて、それが全部でも生き様として提示されていく。
この項目について
宇川直宏は自分を「現代アーティスト」ではなく「現在アーティスト」と呼ぶ。DOMMUNEもライフログ——自分の人生でやったこと全てを記録していくということに一番クリティカルな部分を置いている。新しいテクノロジーなりカルチャーを得た人類が、新しい形で自分を記録し、それを見せる。それ自体が作品になる。さらに荘子itは、日記やポッドキャストという口実があるから、これまで隠していたのではなく、そもそも自分の人生に登場しなかったような行動が生まれてきて、それが生き様として提示されていく、と付け加える。
この項目が出てくる回
関連項目
- 「回」という言葉を取り返す継続性——週一性のようなものが、YouTubeによって破棄され、無効化された。
- 趣味でない以上、もう作品なのではレイバーから離れたワーク的なもので、マネタイズできていないという問題とも直結するのだが、これを普通にやっているのは、趣味でない以上もう作品なのでは——という話に膝を打った、と荘子itは言う。
- 引き受けた上で上乗せするのが批評ある人の活動のなかで批評的にもすごく突出しているところを、ベロンと剥がしてバカにする方向でいくのは批評性ではない、と荘子itは言う。
- 快適なプロフェッショナリズムミノミュージック的な世界観で言えば、YouTubeで毎回ちゃんと企画を立てて数字を取っていくのがプロフェッショナルなあり方で、ポッドキャストは大して儲かりもしないのに友達同士で集まって喋っているだけ、ということになる。
- 裏返しになったドゥルーズ=ガタリ疎の街の放送後記を、二人が毎週交代で書いている。
- ワナビーワナビーあるカルチャーがブームになるのは、ワナビーワナビー——ワナビーであり続けたい人たちがいっぱい来ているからだ、と福尾。
- 場踊りポッドキャストエキスポの後記に、なぜ踊りの話を入れたのか、と荘子itが自分で説明する。
- 緊張ステーキと駐車場ワンカップそれなりにキャリアを仕事人として積み、社会的な位置を得て、偉い人と緊張しながら美味しいステーキを食うのが幸せなのか。
となりで喋られていたこと
- ワナビーワナビー2分となり・あるカルチャーがブームになるのは、ワナビーワナビー——ワナビーであり続けたい人たちがいっぱい来ているからだ、と福尾。
- 快適なプロフェッショナリズム2分となり・ミノミュージック的な世界観で言えば、YouTubeで毎回ちゃんと企画を立てて数字を取っていくのがプロフェッショナルなあり方で、ポッドキャストは大して儲かりもしないのに友達同士で集まって喋っているだけ、ということになる。
- プラダを着た悪魔3分となり・ファッションのポッドキャストとのアフターパーティーに出るにあたって、荘子itが予習として1作目を見て、翌日に2を見た。
- 緊張ステーキと駐車場ワンカップ3分となり・それなりにキャリアを仕事人として積み、社会的な位置を得て、偉い人と緊張しながら美味しいステーキを食うのが幸せなのか。