プラダを着た悪魔映画
ぷらだをきたあくま
ファッションのポッドキャストとのアフターパーティーに出るにあたって、荘子itが予習として1作目を見て、翌日に2を見た。
20年経っても変わらない——なんならもっと良くなっているメリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント。ファーストクラスからエコノミーに落とされ、隣の席で汚くハンバーガーを食べられても嫌な顔をせずエレガントに振る舞うシーンが、タフネスがパワーとして機能するの実例として引かれる。同時に、産業としては潤っていても20世紀的なファッションの価値観は廃れていくという前提に立ちながらそれでも焚きつけようとしている映画で、ワナビーワナビー頼りの文化を背景に熱量を持ってくる構造でもある、と荘子it。
この項目が出てくる回
関連項目
- 「回」という言葉を取り返す継続性——週一性のようなものが、YouTubeによって破棄され、無効化された。
- 趣味でない以上、もう作品なのではレイバーから離れたワーク的なもので、マネタイズできていないという問題とも直結するのだが、これを普通にやっているのは、趣味でない以上もう作品なのでは——という話に膝を打った、と荘子itは言う。
- 引き受けた上で上乗せするのが批評ある人の活動のなかで批評的にもすごく突出しているところを、ベロンと剥がしてバカにする方向でいくのは批評性ではない、と荘子itは言う。
- 快適なプロフェッショナリズムミノミュージック的な世界観で言えば、YouTubeで毎回ちゃんと企画を立てて数字を取っていくのがプロフェッショナルなあり方で、ポッドキャストは大して儲かりもしないのに友達同士で集まって喋っているだけ、ということになる。
- 裏返しになったドゥルーズ=ガタリ疎の街の放送後記を、二人が毎週交代で書いている。
- ワナビーワナビーあるカルチャーがブームになるのは、ワナビーワナビー——ワナビーであり続けたい人たちがいっぱい来ているからだ、と福尾。
- 場踊りポッドキャストエキスポの後記に、なぜ踊りの話を入れたのか、と荘子itが自分で説明する。
- 緊張ステーキと駐車場ワンカップそれなりにキャリアを仕事人として積み、社会的な位置を得て、偉い人と緊張しながら美味しいステーキを食うのが幸せなのか。