本筋から回収できない話で終わる
ほんすじからかいしゅうできないはなしでおわる
前回は失踪した友人の思い出話、今回は田園都市線とティポグラフィカ。
タイトルに全く含まれない話で終わるのがこの番組の癖になっている、という自己言及。「最後のあの話なんだったんだ」をリスナーに宿題として楽しんでほしい、と荘子itは言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 生き様2.0福尾がXで言い出した、まだ実態のわからない概念。
- 自伝と日記自伝は老境に差しかかった半分死んでいる立ち位置から自分の人生を全体化して書く。
- 3対3対1000ワンマンライブの配置。
- これでしかないフォーメーションシンメトリーでも黄金比でもなく、すごくバラバラなのに「これでしかない」というバランスが舞台上に成立する瞬間。
- 練習という概念がないゴダールは、映画監督には音楽家やスポーツ選手のような練習の概念がないのが問題だと言った。
- 自由は動詞である東浩紀の訂正可能性のパロディ。
- 全部がテロリズムになる日本の公共空間では、ハプニング的なパフォーマンスがギリギリ共存する感覚がなく、みんながスマホを見てじっとしているか、地下鉄サリン事件のようなものが起きるかの両極になる。
- 破壊し尽くさない不謹慎さ『北国の帝王』が良いのは無賃乗車がOKだからではなく、鬼のような車掌がぶち殺すところまで含めていいから。
韻を踏んでいること
- 正気になるのは実利でもあるieoau・「正気になりましょう」「スケールを追い求めてもしょうがない」—— それは実は、経済的に今そちらのほうがいいんじゃないか、 ということでもある、と福尾は言う。
- 最後にカメラを引いて終わるieoau・日記のエンディングの型。
- ジメジメしたところで育つeoau・アニメーターに聞いた話として荘子itが出す—— **池袋や渋谷は昔は沼地や水辺で、 風水的に悪い気があるからこそ繁華街として栄える。
- びっくりさせながら読んでもらうeoau・10万字20万字の文章を読んでもらうというのは、それだけのコストを払ってもらうことだから、何らかの報酬系が刺激されないと読んでもらえない。