生き様2.0
いきざまにーてんぜろ
福尾がXで言い出した、まだ実態のわからない概念。
番組より
荘子くんの言う通り、自伝的な生き様とはまた違う日記的な生き様のことを、多分言おうとしてるんだと思う。それが結局何なのかみたいなことはまだよくわかんないんだけどね。
生き方は単にその人の人生だけど、生き様ってそれがどう人に受け取られるかってことで絶対セットじゃん。
どっちのものもある、荘子itの生き様2.0でよみたいなものになったらすごいいいなと思って。
全然別のいろんな多様な生き様の、正解というか成功というか、それでもかっこいいっていうことを提示したいな。
この項目について
自伝的な生き様を1.0とすれば、日記的な生き様が2.0。生き方はその人の人生だが、生き様はそれがどう人に受け取られるかとセットになる。顔を出して経歴を明かし自分のリアルなストーリーに共感してもらうのではなく、架空のイメージを利用しながらそこに人が生きている感じを見出す、VTuber的なあり方が考える手がかりになりそうだという。福尾は自分の核になる概念はいつも「なんだかわからない言葉」として先に出てきて、分かるまでに3年くらいかかると言う。
2025年5月19日の回
音楽家は、作品と自分の姿形を完全に切り離せない—— 作品だけを世に問えばいい、という感じではない。 ヒップホップでは「人を殺すぜ」と言ったらMVでチャカを撃つ、 それをやることがリアル。 ロックミュージシャンは歌詞で幻想的なことを言っても身なりは普通で成立する。 Dos Monos はヒップホップとロックの要素が両方あって、 どっちつかずと言えばどっちつかずだが、どちらのものもある—— その「生き様2.0」になったらいいと荘子itは言う。 伊藤潤二を尊敬すると同時に、 誰もが伊藤潤二にはなれない。 生まれた場所やタイミングが違えば、 同じ才能やセンスを持った人が全然不遇だったりする—— だから一つだけの正解を提示すると、それになれない人が無限に出てくる。 別のいろんな多様な生き様の「それでもかっこいい」を提示したい。 3人いることがそのウィークポイントであり、可能性でもある。
この項目が出てくる回
関連項目
- 自伝と日記自伝は老境に差しかかった半分死んでいる立ち位置から自分の人生を全体化して書く。
- 3対3対1000ワンマンライブの配置。
- これでしかないフォーメーションシンメトリーでも黄金比でもなく、すごくバラバラなのに「これでしかない」というバランスが舞台上に成立する瞬間。
- 練習という概念がないゴダールは、映画監督には音楽家やスポーツ選手のような練習の概念がないのが問題だと言った。
- 自由は動詞である東浩紀の訂正可能性のパロディ。
- 全部がテロリズムになる日本の公共空間では、ハプニング的なパフォーマンスがギリギリ共存する感覚がなく、みんながスマホを見てじっとしているか、地下鉄サリン事件のようなものが起きるかの両極になる。
- 破壊し尽くさない不謹慎さ『北国の帝王』が良いのは無賃乗車がOKだからではなく、鬼のような車掌がぶち殺すところまで含めていいから。
- 長谷川白紙福尾が大好きな音楽家。
となりで喋られていたこと
この項目に言及している項目
- うずまきと貨幣伊藤潤二『うずまき』の単行本巻末に、佐藤優が書いた解説。
- エビデンスなきファクト**エビデンスがしっかりある情報など、もともとほぼない。
- お金がなくなっても別の権力の形が残る成田悠輔が『令和の虎』に出て 「**希望金額はマイナス1億円です。
- 顔が見える福尾が Dos Monos について前々から思っていたこと。
- カニ道楽のオブジェコロナ禍に大阪の若者がかに料理店の看板オブジェを蹴って壊した事件。
- 柄谷行人交換様式A〜Dの議論が参照される。
- 北国の帝王無賃乗車をする若者を、恐ろしい車掌がぶち殺す映画。
- 交換様式F柄谷行人の交換様式Dから始まる話。
- ジャンヌ・ディエルマン主婦の一日をドライに撮った長編。
- Jean-Luc Godardこの番組の隠れた導き手。
- C'est pas moi自分の日常を撮るところから始め、ナレーションとイメージのコラージュになっていく。
- 荘子itの「it」なぜ「荘子」ではなく「荘子it」と名乗っているのか。
- そうしておくと楽だからポスターを貼る荘子itがカート・コバーンの言葉でいちばん共感したもの。
- 装飾と犯罪アドルフ・ロースの文章を福尾が初めて読んで、 想像の10倍くらい偏狭な人だったと驚く—— **人間の歴史は装飾を切り捨てていく歴史なのだ、 その原初的な形態が入れ墨で、そこから進歩して モダニズム建築という「ただの直角」にたどり着いたのだ、
- 立場を分けるのはナンセンス「実存的か、社会的か」という分け方をめぐって。
- 田中宗一郎荘子itを本名で「潤平くん」と呼んでくる人。
- 作り続けている姿のほうを受け取るうずまきと貨幣の分析は面白かったが、 それは出来上がった作品に対する分析でしかないと荘子itは言う。
- ティポグラフィカのTシャツ田園都市線で暴れた人が着ていたTシャツが、菊地成孔がかつてやっていたバンド、ティポグラフィカのものだった。
- tofubeatsゲンロンで菊地成孔と荘子itの3人で行ったAIについてのイベントに登壇。
- 濱口竜介演技論の本を出している人として、まだメソッド化できていない自分と対比される。
- ファクトとフィクションとフェティッシュ三つとも、ラテン語の「作る」という動詞から派生している。
- 部屋を飾ることのラディカルさそうしておくと楽だからポスターを貼るのマインドでずっとやってきた、 と言ったあとに荘子itが付け加えること。
- 本筋から回収できない話で終わる前回は失踪した友人の思い出話、今回は田園都市線とティポグラフィカ。
- ミゼリコルディア起きていることの俗っぽさや馬鹿らしさに比してメッセージが高邁すぎる神父のシーンがあり、カニ道楽の店主のコメントと同じ構造だと二人は言う。
- 未来にアウトソーシングする交換様式Dも、シンギュラリティ論も、終末論も、救世主待望論も、 未来にアウトソーシングしているという意味では同じだ、と福尾は言う。
- MESワンマンのレーザー演出を担当した2人組。
- モナドロジーあらゆるものを細分化した先にはモナドしかないと言いながら、最後はそのモナドが神の予定調和で調和しているという世界観。
- 森脇透青非美学について「難しいのはなぜなのか」という書評を書いた。
- 山縣太一チェルフィッチュから独立してオフィスマウンテンを主宰。
- レイバーとワークの切り離せなさアーレントのレイバー(労働)/ワーク(制作)/アクション(活動)の三区分から。
- Leos Carax『C'est pas moi』を荘子itが観た。
- 録音ボタンを押していなかった**過去最長の1時間15分、しかもすごく話が回って盛り上がって喋ったあと、 録音ボタンを押していなかったことに気づいた。