最後にカメラを引いて終わる
さいごにかめらをひいておわる
日記のエンディングの型。
番組より
エンディングに関しては、なんかちっちゃいことを言って終わるといい感じに勝手になるっていう。
具体的なところにフォーカスしてるようだけど、カメラ最後引いて終わるといいよみたいな。
この項目について
リスナーが挙げた酉の市の日の日記—— 「夜中に窓を開けるともう出店はなかった」という一文で終わる——について、 福尾がその作りを説明する。 ちっちゃいことを言って終わると、いい感じに勝手になる。 別にその日の夜ご飯の話でもいいが、 具体的なところにフォーカスしているようで、 最後にカメラを引いて終わる。 「だいたいこれで可能なんだ」という、 持っているパターンの一つとして話される。
この項目が出てくる回
関連項目
- 作品そのものが批評として立ち上がるリスナーからの問い——単に状況を映すだけでなく、その状況そのものをえぐり出してしまう力を作品が持つのではないか。
- 分かってる勢になりたくない仕上がったリスナー、常連客のようになってしまう危険性がある——ということを早めに言っておくぞ、という話から。
- 置きに行ってるぞ、と気づく文章を書く覚悟について訊かれて福尾が答えること。
- モノリンガルラップの豊かさバイリンガルのラップは面白いが、 **バイリンガルが二人いる中に一人モノリンガルがいると、 それはそれで独特な個性に見えてくる。
- こんなはずじゃなかった『Dos Monos』は月のアルバムとして、 伊藤潤二のジャケットのイメージ——幽玄でほの暗く妖艶な感じ——を 先に固めてからビートを作った。
- ポッと出たものが一番いいDos Monos の作品では、最後の最後にやっつけでできた曲が いちばんアンセムになるということが続いている—— 前作は「リーマリン」、今回は「リアリーフリー」。
- 親が増える結婚して一番びっくりしたことを福尾が語る。
- 1対1の関係を超えるつもりがあるか結婚をどう考えるか、年の離れたパートナーをどう考えるか—— その二つに共通するのは、今の1対1の関係を超えるつもりがあるかどうかだ、 と福尾は整理する。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- 正気になるのは実利でもあるieoau・「正気になりましょう」「スケールを追い求めてもしょうがない」—— それは実は、経済的に今そちらのほうがいいんじゃないか、 ということでもある、と福尾は言う。
- 本筋から回収できない話で終わるieoau・前回は失踪した友人の思い出話、今回は田園都市線とティポグラフィカ。
- ジメジメしたところで育つeoau・アニメーターに聞いた話として荘子itが出す—— **池袋や渋谷は昔は沼地や水辺で、 風水的に悪い気があるからこそ繁華街として栄える。
- びっくりさせながら読んでもらうeoau・10万字20万字の文章を読んでもらうというのは、それだけのコストを払ってもらうことだから、何らかの報酬系が刺激されないと読んでもらえない。