正気になるのは実利でもある
しょうきになるのはじつりでもある
「正気になりましょう」「スケールを追い求めてもしょうがない」—— それは実は、経済的に今そちらのほうがいいんじゃないか、 ということでもある、と福尾は言う。
番組より
そっちの方がむしろなんかレバレッジ高くなってきてる感じをうっすら感じ取ってる人たちがいるみたいな。
決まってるポジションを取って決まってる人たちを集めても、もはやあんま儲かんないのではっていう現実が見え始めてるってことでもあると思う。
この項目について
ここで言うウォーキズムは、ポリコレ原理主義という意味ではなく 「もう決まっちゃってる人」という意味。 決まっているポジションを取って決まっている人たちを集めても、 もはやあまり儲からないのでは、という現実が見え始めている。 炎上商法的にポジションを取っていればアテンションもお金も集まった、 という時代の利益がどんどん薄まっている感じがある。 「正気になりましょう」は「お金を稼ぐのをやめましょう」ではなく、 そちらのほうがむしろレバレッジが高くなってきている感じを うっすら感じ取っている人たちがいる、ということ。 荘子itは、そう言われたら 「大事なことをずっと言い続けてきた側からしたら知らんがな」となるとも すぐに付け加える。
この項目が出てくる回
関連項目
- とはいえボタン話が一周して落ち着きかけたところで、どちらかが「とはいえ」と言い出してしまう。
- 示すのが批評だ前回の「三宅香帆は批評になっていない」というマジギレの話から。
- 学べ、そして忘れろマイルス・デイヴィスの名言として荘子itが出す。
- パーソナリティが芸術であるポッドキャストは作品なのか、喋っている人はクリエイターなのか、という線引きの話から。
- 出会った瞬間のひらめきしか保存できない**Tracklib や Splice のような、 何をサンプリングしてもいい合法のサンプリングサイトがある。
- 将来自分の本に入れられる仕事福尾が仕事を選ぶ基準。
- 下心が追いつかなくなる公開する日記はセルフブランディングでもある。
- 日記本が短くて薄い日記ブームに対して福尾が気になっていること—— **世に流通している日記本は、なんか短いし薄い。