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アイロニーと人生劇場は違うはず

あいろにーとじんせいげきじょうはちがうはず

フィクションは必要だ、そんなものを誰も信じていないのは分かっているが、 それがないと維持できないものもある—— 東浩紀のそういう冷めた感じで幻想を肯定する語り方に、 リアリスティックな態度だとは分かりつつ違和感がある、と福尾は言う。

初出
人生劇場(2026年8月10日)

番組より

そんなのが2600年前から続いてるなんて誰も信じてないんだけど、それわかってるんだけど、それがないと生きていけないというか維持できないものもあるよねみたいな、すごい冷めた感じで幻想を肯定するっていう語り方しててそれがリアリスティックな態度だっていうのはめっちゃわかるんだけど、若干そこに違和感があるっていうか。

そういうなんか東さん的なある種のアイロニーみたいなものと人生劇場的なものって本当は全然違うはずなんだよね。その違いが何なのかみたいなことがめっちゃ気になる。

この項目について

「僕は信じてないけど、みんなそういう信じるものがあった方がいいよね」 に見えてしまうから偉そうに見えるし、批判もされる。 そのうえで福尾は、まだ自分でも明確にできていないと断りながら言う—— それと人生劇場的なものは、本当は全然違うはずだ。 フィクションをアイロニカルに「必要だが空虚だと分かっている」と言うのでもなく、 愚直に一つのフィクションを信じているのでもなく、 これこそが自分のリアルなんだと居直っているのでもない。 その3つのどれでもない感じを、なんとか言葉にして掴んでみたい。

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