理論を作って渡す
りろんをつくってわたす
人文的なものを「僕らがやっていることを皆さんもできるようになります」 という能力の形でプレゼンすることも必要だとは思うが、 福尾はそっちにはあまり興味がない、と言う。
番組より
理論を作って渡すということが、本当は一番大事だと僕は思ってるんだけど、それに付加価値をつけないと受け取ってもらえないって感じがしてて。
この項目について
やりたいのはびっくりさせること。 次に出る『置き配的』も、読んだら何かができるようになる本ではなく、 いまの世界の見え方が変わる本だ——「言われてみれば確かにそうなっているよね」と、 自分の中で抱えていたまだ言葉になっていない違和感や不全感が ちゃんと構造化され、その先の希望や出口、ポジティブな態度のあり方も見えてくる。 「普通の意味での世界観の提示、理論ってそういうことだと思うんだけど、 理論を作って渡すということが本当は一番大事だと僕は思ってる」。 問題は、そこに「これを読むとこれができるようになります」 「これに詳しくなれます」という付加価値をつけ、 そっちがメインであるかのように偽装しないと受け取ってもらえないのではないか、 という不安のほうだ。
この項目が出てくる回
関連項目
- 批評にもっと期待していい黒嵜想と話して出てきたこと。
- 状況へのリアクションを求められる新しいアイデアについて喋っている、という状況そのものを受け取ってもらえる場所が どんどん少なくなっている。
- ブドウが実は最強だったフルーツとしてのブドウは甘さという土俵では他に負けるし、ブドウジュースも リンゴやオレンジに比べて大したものではない。
- 反戦だがそればかりの世の中とも距離があるこうの史代の変わったバランス。
- 人間の本当の仕事は感動することトラックメーカー講座をやろうという話が出たときに荘子itが思ったこと。
- 花火が繋いでしまう利賀村の演劇は、日本で断絶したものを毎年やり続けているという意味で 「取っつきにくさの最高峰」なのに、花火があることでお祭りとして機能している。
- こうの史代展示を荘子itが観に行った。
- 高畑勲『火垂るの墓』を反戦映画ではないと死ぬまで言い続けた。