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花火が繋いでしまう

はなびがつないでしまう

利賀村の演劇は、日本で断絶したものを毎年やり続けているという意味で 「取っつきにくさの最高峰」なのに、花火があることでお祭りとして機能している。

初出
加工肉と批評にもっと期待していい(2025年10月6日)

花火は、やっていれば人は絶対に見る。 しかもそこには空襲のモチーフや日本の記憶の問題が実はリンクしている—— 『8番出口』のゲームとキューブリック『シャイニング』が繋がるのと同じで、 無理やり繋げるのではなく「実はこれ繋がるじゃん」というかたち。 もともと意味としては繋がっていなかったはずのものが、 形としては同じものだったりする。「そういうのを見つけたいな」と荘子itは言う。 これは、飯を食う・何かを見て感想を抱くといった 「生きていれば必ずやること」を接点にするという話でもある。

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関連項目

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