私でなくもない者たちの親密権
わたしでなくもないものたちのしんみつけん
『置き配的』第10回。
番組より
親密であるってことは、僕は僕の妻の固有性を知ってるっていうのが一般的な理解だと思うんだけど、それと一緒に起こるのが、妻とか自分が親密な人のイメージをいろんな人に勝手に当てはめてしまうってこと。
この項目について
福尾が丸ごと引用した日記——妻が寝たあと一人で作業していると、15センチほど開いた寝室の扉のところに加湿器があって、そこから出る蒸気が視野の端で白く揺らめき、妻が起きてきたのかと思って振り返ってしまう——から出てくる。蒸気を妻だと思うのはとんでもない間違いだが、その間違いをするのは妻が親密だからだ。まったく知らない人が急に現れるとは思わない。つまり固有性の把握と、「私でなくもなさ」が世界の中で増殖していくことが、同時に起こっている。親密な他者とは、視野の端に常にいるかもしれない人であり、いわば幽霊の代わりとして家族がある。待ち合わせのとき通りがかる人全員が0.1秒ずつその人に見えるのも同じこと。荘子itは、泥酔すると解像度が落ちて知らない土地でも全部が近所の景色に見える、と応じる。人は知らないものを既知のもので置き換えて理解しており、一度バカになることでその認知の構造に気づける。
この項目が出てくる回
関連項目
- 癖と曲荘子itが「ずっと一番大事だと思っていること」として語った話。
- ターゲッティングは個人を一面化する最近の人文書が疲れている人・病んでいる人に当てられすぎている、という福尾のツイートから。
- 読者が調教される本を読んで、その本が想定している読者に自分から進んでなろうとしてしまう感覚。
- 固有名とトーンしか聞かれていないポッドキャストもYouTubeも、結局「ここで誰の名前が出た」ということと、「優しそう」「聞きやすい」という人柄の話しか受け取られていない側面がけっこうある、と福尾は言う。
- 黒嵜想『アーギュメンツ』の編集。
- 홍상수年に2本ほど撮る多作な韓国の映画監督。
- 置き配的2025年11月刊。
- よく知りもしないくせに映画祭に審査員として呼ばれた映画監督が飲んでばかりで、知り合いの家に遊びに行って奥さんとどうにかなる。