反実現
はんじつげん
Gilles Deleuze は芸術をパントマイムになぞらえて語る。
番組より
壁があるっていう出来事を実現してるんじゃなくて、反実現してるんだっていう、実現に反することをやってるんだっていう風にドゥルーズは言うんだよね。
この項目について
壁がないのに壁があるように見せかけ、ロープがないのにロープがあるように見せかける——それは「壁がある」という出来事を実現しているのではなく、反実現している、実現に反することをやっているのだ、と。出来事を物質として現実に実現させるのではなく、実現しなかったものがパントマイムという身振りによってむしろ表現される。普通に壁に突き当たっているだけでは見えなかった側面が、壁があるかのように見せかける芸術によって初めて見えてくる。非対称性の保存の理論的な裏づけとして持ち出される。
この項目が出てくる回
関連項目
- 標準語のタメ口で疑問文が言えない福尾が前々からずっと気になっていること。
- グルーミングのなさグルーミングは今でこそセクハラ・パワハラの温床である「飼いならし」のイメージが一般化しているが、もともとは毛づくろいの意味で、大事なものとして使われていた。
- 逆張り性と熱狂の悪魔合体逆張り的でアイロニカルな感性でやりながら、同時にそれで人が本当にぶち上がってしまう。
- 芸術は立場をはぐらかしながらにじり寄れる現実では「リベラルとかどうでもいいから男磨きしよう」か「そういうのは全部時代遅れだから批判していこう」のどちらかのポジションを取らされてしまう。
- 本音を言ったことになるための手続き「そういう形式にしまわないと本音を言ったことにならない」ことの強引さのほうが気になる、と福尾は言う。
- 躁でも鬱でもなく平熱「人の欲望に手を突っ込むな」という福尾の言葉がツイートとして伸びたことについて、荘子itは「対立せずにこの微妙な塩梅で考えよう、ということを言っているんだと思う」と読む。
- 非対称性の保存現に存在する暴力を、芸術はある意味で別の形に保存する。
- 男子校的コミュニケーションの感覚の歪み荘子itが東浩紀の髪について「ハゲ散らかした」と言ったことを、福尾が休憩中に「言葉としてそういう表現をするのはいかがなものか」と指摘し、荘子itが放送に戻ってから訂正する場面。