装いもプロフェッショナリズムのうち
よそおいもぷろふぇっしょなりずむのうち
三宅香帆のモノマネ動画をめぐる話から。
番組より
20代、30代、40代の若い女性が層としてちゃんと届いてる批評家って、今まで存在しなかったと思うんだよね、ほとんど。それをできてるのはすごいなと思うし、そういうことと多分彼女が普段からしてる装いとかって絶対無関係じゃないと思うんだよね。
読者の人が新書コーデって言って、新書のその表紙の色合いと自分のその服のカラーパレットっていうか色合いを合わせたコーディネートをアップロードした。
この項目について
福尾は、批評家として三宅香帆が新しいことのひとつは、20代から40代の若い女性が層としてちゃんと届いている批評家がこれまでほとんど存在しなかったことだ、と言う。そしてそれは彼女が普段からしている装いと絶対に無関係ではない。衝撃を受けたのは、新書が出たときに読者が「新書コーデ」と称して、表紙の色合いに自分の服のカラーパレットを合わせたコーディネートをアップロードしていたこと。本の色に合わせて着るという広い意味での推し活が、今までの批評ではありえなかった。「松岡正剛に生きていてほしかったな」。その突出したところをベロンと剥がしてバカにする方向に行くのは、批評ではない。
この項目が出てくる回
関連項目
- 「回」という言葉を取り返す継続性——週一性のようなものが、YouTubeによって破棄され、無効化された。
- 趣味でない以上、もう作品なのではレイバーから離れたワーク的なもので、マネタイズできていないという問題とも直結するのだが、これを普通にやっているのは、趣味でない以上もう作品なのでは——という話に膝を打った、と荘子itは言う。
- 引き受けた上で上乗せするのが批評ある人の活動のなかで批評的にもすごく突出しているところを、ベロンと剥がしてバカにする方向でいくのは批評性ではない、と荘子itは言う。
- 快適なプロフェッショナリズムミノミュージック的な世界観で言えば、YouTubeで毎回ちゃんと企画を立てて数字を取っていくのがプロフェッショナルなあり方で、ポッドキャストは大して儲かりもしないのに友達同士で集まって喋っているだけ、ということになる。
- 裏返しになったドゥルーズ=ガタリ疎の街の放送後記を、二人が毎週交代で書いている。
- ワナビーワナビーあるカルチャーがブームになるのは、ワナビーワナビー——ワナビーであり続けたい人たちがいっぱい来ているからだ、と福尾。
- 場踊りポッドキャストエキスポの後記に、なぜ踊りの話を入れたのか、と荘子itが自分で説明する。
- 緊張ステーキと駐車場ワンカップそれなりにキャリアを仕事人として積み、社会的な位置を得て、偉い人と緊張しながら美味しいステーキを食うのが幸せなのか。