三宅香帆文芸評論家
みやけかほ
「本好きの壁」を越えた人。
批評が掘り出してくる潜在的なものを「ニーズ」として 取り出したのが新しい、と福尾は言う。読書量がすごいことが書き手として何にも勝る説得力になっている。 批評ガチ勢の変なやっかみは見苦しい、と福尾は突き放す。のちにゲストとして番組に登場する。
2025年11月24日の回
『考察したがる若者たち』が出たばかり。なぜ考察が流行ったかというと、 みんな自分の意見というものの価値を信じられないから作品の正解を探るのだ、 という議論。批評が好きで考察はよく分からないが、推しは分かる (アイドルオタクだった)というバックグラウンドを持つ。
2026年1月19日の回
『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』『考察したがる若者たち』。 番組初のゲスト。自称「歌王」。 人に見せない日記を毎日書いていて、本やnoteは基本的に誰かに伝えたいから書く。 人がいるとその人に合わせてしまうので、PCの前や本を読んでいるときが一番元気。 福尾の書くものと喋りのモードが違うのが珍しくて面白い、と言う。 福尾はデータで殴られたときに「これは私の実存的な痛みの問題で」と 返さないところが偉い、と別の回でも評価している。
この項目が出てくる回
関連項目
- 立ち上げ恐怖症前の回で話題になった福尾の症状。
- 考察したがる若者たちなぜ考察が流行ったのか。
- 発見であって作為ではない『8番出口』が面白いのは、ゲームの画面とキューブリック『シャイニング』という 遠いと思われているものの相似形を「発見」して、それをそのまま愚直にやっているから。
- 本好きの壁福尾が勝手にそう呼んでいる現象。
- カードゲームみたいな批評つまらない批評は「ここでこの名前を出す」というカードゲームになってしまう。
- 強い解釈を持っている人の話が面白い批評好きのあいだには「テクストをちゃんと読もう」「解釈や一般的なイメージに逃げず、 細部を見れば解釈を超えるものが出てくる」というセオリーがある。
- 川村元気『8番出口』の監督。
- 藤本タツキ米津玄師との対談動画で、レゼは「女の子の好きな要素だけを詰め込んだ」と本人が言っていた。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 一生一ミリも貢献しない福尾がお金をもらって書いた最初の文章は、建築批評のウェブメディア 「10+1」でのヴェネツィア・ビエンナーレ日本館カタログの書評だった。
- うる星やつら ビューティフル・ドリーマー文化祭前日を繰り返すループもの。
- 完全なる首長竜の日福尾は黒沢清のなかで一番好きなくらい好きで「アホらしさ」「愚直さ」がいいと言う。
- 考察されて嬉しい作者はいない考察は作者の意図を当てようとするので、一見すると作者を大事にしている、 尊敬しているように見える。
- 疎密『置き配的』の中心にある対で、密がノイジーマイノリティ、疎がサイレントマジョリティを指す。
- 挑発的な定義と最大公約数的な定義福尾の『非美学』は「批評とは最も自由な散文である」という、 誰も一発では納得しない定義から始まる。
- 8番出口ゲーム原作。
- 批評は批評でダメになった批評の時代から考察の時代になっている気はするが、批評が元気をなくしたのは 考察が出てきたからではなく、単純に批評は批評で元気がなくなっていっただけ という側面もあるのではないか、と福尾は問う。
- 難しいと怖いは関係ない哲学は難しい学問だし、難しく書かなければいけない側面もある。
- 潜って書く誰かに向けて書いてはいるが、書き方としては語りかけない。