他者が関わるルーティン
たしゃがかかわるるーてぃん
朝、家を出るまでの15分20分の騒乱をどうすればなくせるか、 という話の解。
番組より
やっぱ人が関わっているルーティーンの方が長続きしやすいから、ポッドキャストは本当に俺にとっては良かったと思う。
そういうルーティーンを自分のプライベートな生活の中だけで完結させるんじゃなくて、そういう他者が関わるルーティーンを増やすっていうのは一つ手だと思うけど。
この項目について
自分の生活だけで完結するルーティンより、 人が関わっているルーティンのほうが長続きしやすい。 ポッドキャストは本当によかった、と荘子itは言う。 福尾も、半年休んでいる日記を再開しようかと思っているのは 日記には整う効果があるからで、 疎の街の後記なら毎週できそうだ、と続ける。 週1回の大学の授業も、食べた方がいいと、何かしなきゃいけないのあいだで わーっとなる時間に対する、外からの枠になっている。
この項目が出てくる回
関連項目
- 食べた方がいいと、何かしなきゃいけないのあいだ朝起きてから15分か20分、食べた方がいいということと、まだこれができていないということのあいだで、永遠にどちらにもたどり着かずに行ったり来たりする。
- 自然言語の外側で返す物語を語ることも、折り紙を作ることも、自然言語の外側で日常の会話やコミュニケーションを返しているのではないか、という話。
- 憧れ消費とパーツ買いブランドのルック写真で完璧な世界観を見せられると、 福尾は 「そのうちの1個のズボンしか買わないんだから、それできないってことですか」 と逆に圧を感じる。
- クリシェを部分的に自分に許すなぜそんなに書けるのかと訊かれた小説家が答えたこと—— **ここはクリシェでいい、というポイントをどれくらい配分するかで加速させていく。
- リソースが有限だから生まれるまばらさ金もスタイリストもほぼ無限にあれば、最後までこだわりきって世界観を作れる。
- 休符も音符と同じくらい意味を持つ音楽家二人のポッドキャストで「音楽は密だ」と言われて、 荘子itがいい指摘だと受けたこと。
- 音数が少ないのは意図であって意味ではないカニエの音数をめぐる論争について荘子itが言うこと—— **単に音数が少ないというのは意図の話であって、 それ自体が意味だということではない。
- 音楽は密でも嫌じゃない**言語的なものだと、密だとイコール「ちょっといいです」になってしまう。