2026年4月27日
頭の中がわーっとするとき
疎の街に人が入りはじめた頃の回。スナップ写真の話から、音数が少ないことは意図であって意味ではないという話、そして保育園と子育て、物語がインストールされる瞬間まで。
話の流れ
- 0:001周年を経ての通常回疎の街に続々と人が入会してくれている。
- 4:21胸を借りる気持ちで専門としてやっている3人だから、安心して自分の好きなことを話せた。
- 8:42生活の余剰のお金だけでおしゃれしている姿ファッション写真も撮る人だが、とにかくスナップ写真が好きで、街を歩く市井の人々のその姿が一番おしゃれだと言う。
- 13:03音数が少ないのは意図であって意味ではないカニエをめぐる論争があったが、単に音数が少ないというのは意図の話で、それ自体が意味ということではない。
- 17:24セロニアス・モンクのサンプリング許可2017年頃からライブを始めて、2019年3月のアルバムでは許可も取った。
- 21:45一晩中日記について語り合う番組ラジコやYouTubeのアーカイブ、ライブ配信もある。
- 43:32食べた方がいいと、何かしなきゃいけないのあいだそのあいだで頭がわーっとなる。毎朝それだ。
- 47:52ビルの輪郭線が空を切り取る空が広くて、ビルの稜線に自分が吸い込まれていくような感じ。
- 52:14やりすぎたらセーブするフリーランスの生活。どれくらいの人がフリーランスなのだろう。
- 56:34保育園で楽しそうに遊んでいる着いたらもう遊び始めて、夕方の迎えまでずっと楽しく遊んでいる。
- 1:00:57かなり人間になってきている幼稚園くらいになると結構大人になる。うちの子もかなり来ている。
- 1:05:20習い事をさせたいとは思わないただ実際に困るだろうとは思う。分からないから。団地で育ったので。
- 1:09:41お兄ちゃんなんだから、と言わない親そう決めていたというより、そういうスタンスだったのだろう。
- 1:14:02物語がインストールされた瞬間それまでは絵本もそういうものも好きではなかったのに、急に物語的なものが入ってきた。
- 1:18:23自然言語の外側で返す日常の会話やコミュニケーションを、自然言語の外側で出すということ。
- 1:22:47タイトルは何にしよう月曜の配信までに決める。
この回で出てきた言葉
- 憧れ消費とパーツ買いブランドのルック写真で完璧な世界観を見せられると、 福尾は 「そのうちの1個のズボンしか買わないんだから、それできないってことですか」 と逆に圧を感じる。
- 音数が少ないのは意図であって意味ではないカニエの音数をめぐる論争について荘子itが言うこと—— **単に音数が少ないというのは意図の話であって、 それ自体が意味だということではない。
- おにぎりで一瞬で元気になる雨で低気圧の朝、メガビタミン健康法を試してみた。
- 音楽は密でも嫌じゃない**言語的なものだと、密だとイコール「ちょっといいです」になってしまう。
- 休符も音符と同じくらい意味を持つ音楽家二人のポッドキャストで「音楽は密だ」と言われて、 荘子itがいい指摘だと受けたこと。
- 空気作りに貢献して何かいいことがあるのか東浩紀がXでリベラル勢力に向けて出した挑発をめぐって。
- クリシェを部分的に自分に許すなぜそんなに書けるのかと訊かれた小説家が答えたこと—— **ここはクリシェでいい、というポイントをどれくらい配分するかで加速させていく。
- 現代美術はハイカルチャーだから扱うのではない「もっと社会学的なことやサブカル的なものを使わないのか」と言われることについて。
- 自然言語の外側で返す物語を語ることも、折り紙を作ることも、自然言語の外側で日常の会話やコミュニケーションを返しているのではないか、という話。
- 前衛的なのに子供の遊びっぽいECD とイリシット・ツボイのライブについて。
- 先生と呼ばない保育園いま通っている保育園では先生を先生と呼ばず、みんな名前で呼ぶ。
- タイトルだけで中身を捏造する荘子itが子供の頃にやっていたこと。
- 他者が関わるルーティン朝、家を出るまでの15分20分の騒乱をどうすればなくせるか、 という話の解。
- 食べた方がいいと、何かしなきゃいけないのあいだ朝起きてから15分か20分、食べた方がいいということと、まだこれができていないということのあいだで、永遠にどちらにもたどり着かずに行ったり来たりする。
- 地下帝国自分の本がこんなにポッドキャストで取り上げられるとは1年前には考えもしなかった、 という話から。
- 中尺思考青井スメインのポッドキャスト番組の名前。
- 超越性ゼロの会話定食屋の厨房で、おばあちゃんと中年の女性が二人で切り盛りしながら ずっと世間話をしている。
- 2ターン以上の会話福尾は子供の頃、2ターン以上の会話をした記憶がほぼないと言う。
- 光の当たり方が変わる荘子itのソロアルバムを先に聴いた福尾の印象。
- ビル・カニンガム&ニューヨーク荘子itが大学の頃に見たドキュメンタリー。
- 物語がインストールされる福尾は小6くらいまで「物語」というものの存在が分からなかった—— それまではめちゃくちゃフィジカルで断片的な世界をひたすら生きていた。
- 妖精ギプス福尾が荘子itの生活について言う言葉。
- 落下の王国今年の最初に見た映画。
- リソースが有限だから生まれるまばらさ金もスタイリストもほぼ無限にあれば、最後までこだわりきって世界観を作れる。
この回からの引用
そのうちの1個のズボンしか買わないんだから、それできないってことですかみたいな、逆に圧を感じて。なんか普通にパーツとして欲しいだけなのに。
やっぱサンプリング的な聞き方っていうか、コラージュ。ちゃんとこう曲としてその世界観を聞き込んで楽しむっていう聞き方もあるし、どこ引っ張ってこれるかなっていう耳で聞く聞き方もあるし。
ヒップホップって言うとサンプリングのネタはすごいレアものにこだわるけど、ベースはみんなと同じ808の低音をブーって鳴らす、それだけは一緒みたいな。
クリシェを書くことを部分的に自分に許していく。ここはクリシェでいいみたいな、そういうポイントをどれくらい配分するかみたいなことで加速させていってる。
とにかくスナップ写真が好きで、市井の人々、街を歩く人々の、自分たちの生活の余剰のお金だけでおしゃれしてる姿がやっぱり一番おしゃれみたいな。セレブの写真より。
市井の人々、街を歩く人々の、自分たちの生活の余剰のお金だけでおしゃれしてる姿がやっぱり一番おしゃれみたいな。
やっぱ世界観を全部作ってないからこそ、そのまばらに面白いポイントがあるっていうのが個性になってるみたいな。
休符も音符と同じくらい等しく意味を持ってるっていう風なことがいいとされるわけじゃん。疎密の対比で言うんだったら、何も言わないことに意味が満たされるみたいな状態だから、言ってみれば密っていうのはね。
でも極限まで耳をすませることを強制するって意味においてはめっちゃ密だから。
単に音が少ない、音数が少ないっていうのはやっぱそれ意図が意味だから、それはそうってことじゃないだろうっていう感じだよね。
音楽から得る体験がそうなんだと思うんだよね、多分俺の考えでは。
起きてることはめっちゃ前衛的だし実験的なんだけど、やってることはちょっと子供の遊びっぽいっていうか、究極的にはそこが疎だなっていうか。
このなんかいいグルーブをみんなが超ハイレベルでハイセンスにキープしながら、完璧にめくばせが行き届いていってみたいなことではないって感じ。
音楽はなんか密でも嫌じゃないのがいいところっていうか、言語的なものだとやっぱり密だとイコールもちょっといいですみたいな感じになっちゃうけど、音楽だと密でもね全然。
密なものを聞き流せるっていう状態がある意味一番疎。疎っぽいものをありがたがって摂取してるのも、それはそれでちょっと密みたいなところがあるからさ。
グワーっとガラッと変わるっていうより、なんかこう光の当たり方は変わったみたいな、物は一緒なんだけど光の当たり方がブワーンと変わっていくみたいな。
次の章が異空間に飛ぶみたいなことじゃなくて、さっきまで見せたものの角度を変えながら楽しんでいくみたいなのはね。
中尺ってのは、単尺思考のXとかのタイムラインの思考と、哲学書読むみたいな超尺の本格レベルのやつの間にある、それを繋ぐっていう意味で中尺、真ん中くらいの尺の思考みたいなこと。
→ 中尺思考
地下帝国的なものがもうすでに割と出来上がってるっていう。
→ 地下帝国
見えてないからダメだとかってことじゃなくて、見えてないものを作れてるのがすごいなっていう。
→ 地下帝国
それに対してSNS上でそういうことだけしててもしょうがないっていうコミュニケーションはやっぱり密だなと思うし、デモだけしててもしょうがないっていうことを言うこと自体が密にどうしてもなっちゃう。
常軌を逸したことをしてしまうみたいな人はいるけど、それはそれで個別に批判すればいいんだ。空気作りに貢献して何かいいことあんのか。
今作品とかものを作るっていうことがどういう状況に置かれてるかっていうことが一番如実に現れてるのが現代美術だから、現代美術扱ってるけど。
人間の人生サイズのことを考えるときに、むしろ一番そこが、アニメとかを社会学交えて批評するよりよっぽど。
おにぎり食べたら、めっちゃみるみる元気になって、うわーって本当のうわーってなって、車運転しながらどんどん元気になってきて、やっぱ炭水化物摂んなきゃダメだってなった。
みんなもやばい、今日もう死ぬかもみたいな時は一回ご飯を食べようっていう。散々言われてることだけど、毎回それを忘れちゃうんだよな。
食べた方がいいっていうことと、なんかしなきゃいけないっていうことの間でわーっとなっちゃうな。僕も毎朝それなんだよな。
なんかその間をこう、永遠にどっちにもたどり着かずに行ったり来たりするみたいな。
子供がいるっていう妖精ギプスによって、まだなんか保たれてるもの。
→ 妖精ギプス
やっぱ人が関わっているルーティーンの方が長続きしやすいから、ポッドキャストは本当に俺にとっては良かったと思う。
そういうルーティーンを自分のプライベートな生活の中だけで完結させるんじゃなくて、そういう他者が関わるルーティーンを増やすっていうのは一つ手だと思うけど。
先生って言ったら先生じゃないよみたいに直されたりして。
それだったら確かに、先生じゃなくてもさ、一人の人間として別の場所で会ってもさ、なんか衝撃を受けることはないよね。
だからそれこそ妖精ギプスなんだみたいな、ぐらいちょっと開き直ったマインドセット持っとくことで適応もできるみたいな。
→ 妖精ギプス
これやっぱ不思議だなと思ってるんだけど、物語回帰の願望がちょっとあるかもしれない。
そっから急に物語的なものがインストールされたっていうか、それまでは全然絵本とかそういうものも好きじゃなかったし。
一文字も読まずに、大どろぼうホッツェンプロッツってタイトルの面白さだけで、なんか泥棒の話を考えてしたりしたから。
2ターン以上の会話をした記憶っていうのがほぼないよ。会話ってもう一発ずつで終わるもんでしょみたいな感じ。
その最小単位の一番1個目のレイヤーだけである意味全部完結してる世界っていうか、2層目3層目ってあるんだみたいなことを気づくのがめちゃめちゃ遅かった。
物語を語ることも折り紙を作ることも、なんかやっぱり自然言語の外側でなんかお返しして、なんか日常の会話とかコミュニケーションを。
中年の女性が2人でずっと切り盛りしてる感じで、ずっと2人で世間話してるんだよね。それすごいいいなと思って。
→ 超越性ゼロの会話
多分何十年も一緒に厨房に立ってんだろうけど、未だにこういうなんてことない世間話をずっとしてるのかみたいな。
超越性ゼロっていうか、もう本当身の回りにあった話だけみたいな。
→ 超越性ゼロの会話
落下の王国っていう映画がリバイバル上映してた、今年の最初に見た映画が落下の王国などで、すげーよかったんだよね。男が女の子に物語を語って聞かせるだけの話なんだけど。
→ 落下の王国