教養が人徳を高めるのは統治者の論理
きょうようがじんとくをたかめるのはとうちしゃのろんり
文化系と新自由主義系のあいだの溝はどうすれば埋まるのか、という話。
番組より
普通に教養を身につけるとなんか人徳が高まるみたいなのって、普通に統治者の論理な気がするんだよね。
この項目について
荘子itの見立てでは、「教養を身につけると人徳が高まる」というのは普通に統治者の論理であって、新自由主義的な仮面マンはそれが統治者の論理だと気づいて抜け出た側だから、そこで引き戻すことはできない。人文を学んだ人でも、「本を読んでいい人になりましょう」という統治者の論理を内面化した行儀のいい前提に立ってしまうと、届かない領域がある。教養がないと死ぬのかも、と思わせることの方が効くのではないか——「これを読んでおかないと、もしかしたら死に近づくのかも」。「ちょっとヤクザ家業すぎるんだけど」と自分で笑いながら。
この項目が出てくる回
関連項目
- オフの側を感じさせるから魅力になる眼鏡の話から。
- ハンドスピナーが中動態荘子itの中高時代の話。
- 均等に舐めたいベケット『モロイ』の話。
- 上の世代のステルス転向東浩紀が世代論として語っていたこと、として荘子itが紹介する。
- フロイトは音楽が分からない菊地成孔が以前からずっと着目していること。
- 麻婆豆腐ドリブン「ドリブン」をずっと「取り分」の連想で、一人総取り、全ての欲望がそれに収斂していくという意味に脳内変換していたことに最近気づいた、と荘子it。
- 違うからこそ一緒になり得る福尾は満腹になりたいという欲望がなく、荘子itは大盛りにできるときに大盛りにしなかったことが人生で一度もない。
- 非の打ち所がない人はまずい隣の席の会話が聞こえてきた話。