100日後に死ぬワニ漫画
ひゃくにちごにしぬわに
荘子itは当時これが好きではなく、いいと言う相手と血で血を洗う戦いをした。
番組より
100日後に死ぬワニはね、超しょぼいハイデガーみたいな感じで、死を前提にしたもののなんかねエモさ。ハイデガーまだ哲学してるからいいけどさ、それエモいだけじゃんみたいな。
この項目について
死を前提にしたもののエモさ——「超しょぼいハイデガー」。 ハイデガーはまだ哲学しているからいいが、それはエモいだけではないか、と。 ただしこの回では二人とも何度も「100日後に生きるワニ」と言い間違え、 荘子itは「死ぬと絶対に言わない主義の検閲が 自分でも気づかないレベルで働いている」と気づく。 三宅唱もかつて「100日後に生きるワニ」のスタンプを送ってきていて、 それをみんなが忘れた数年後に使うのが楽しみだ、と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 作るための場も作っているアルバムの制作とこの番組は、原因と結果ではなく 同時期にやっていたことという平行関係でもある。
- 世界への信頼は結局、神なのか世界への信頼を取り戻すという話を重ねてきたところで、 荘子itがふと言うこと——**やっぱり世界への信頼って、 結局は神なのかな。
- 意図せず視点を行き来しているリリックの中で語りの視点が移っていることについて、 そこまで意識していないと荘子itは言う。
- 初めてライブを見るときの感じリスニングパーティーの感想から。
- エクスペリメンタルライフいわゆるヒップホップの「リアル」に最初から入門していない自分は、 現実との結びつき方を別のやり方で作るしかない——という流れで出てくる。
- フットじゃなくてフッテージヒップホップはリアルを大事にするのだが、 リアルとそれを歌っている人間を結びつけるための道具は、 人から借りてきたものにするしかない——そこが裏腹で面白い、と福尾は言う。
- お互いの劇場の領域が被っている自分の物語の登場人物にしてしまう、というのはあまりしたくない。
- それを見ているのは誰なんだお互いの劇場の領域が被っているの先で出てくる問い。