恥をかけばかくほど
はじをかけばかくほど
修行してから世に出ようとするなに続けて荘子itが出すキーワード。
番組より
もう半分本当に恥かくわけだから、やっぱ恥はかいた方がいいと。やっぱ日本は恥の文化ですから。
日本版だったら、恥をかけばかくほど立派な人に近いのでは。
この項目について
恥をかくということ。 「それは恥をかくパフォーマンスじゃないですか」と言われたことがあり、 半分そうかもしれないが、半分そうだったとしても、 もう半分は本当に恥をかくのだから、やっぱり恥はかいたほうがいい。 親鸞の歎異抄——堕落すればするほど悟りに近い。 キリスト教にも、罪深ければ罪深いほど救済に近いという逆説がある。 日本版なら、恥をかけばかくほど立派な人に近いのでは。 ただし荘子itは、 「三宅香帆の本を読んでいると『そんな余裕ないよ』という話になっている。 自分のこういう考えや言葉にアクチュアリティがあるのか、とは思う」 とすぐに留保をつける。
この項目が出てくる回
関連項目
- 修行してから世に出ようとするな福尾がフィロシャピーのエッセイ講座でよく言うこと。
- 通念のフィルターに自分を通す変な操作内向的か外向的か、という世に言う通念——常識のようなもの——があって、それに一度自分を通してみて、どちらになるかを見る。
- 質問で最後に大きく転ぶ仕込みかと思うくらい、質問によって話が最後に大きく転んで大テーマにたどり着くことが結構ある。
- 反か脱か非か、その次に異現代思想系の人がよく言うこと——破壊ではなく脱構築だとか、反戦ではなく非戦だとか(それは坂本龍一だが)。
- そこからその結論が出てくるのか福尾が荘子itについて言うこと—— **一個一個の言っていることはすごくよく分かるし共感する部分も多いのに、 次の一歩がどこに行くかが常に分からない。
- 自認は自分にしか分からないはず「自認レゼ」のように、他人の自認を勝手に当て込んで言う—— それは言うまでもなく失礼だし、めっちゃ変な気がする、と福尾は言う。
- ADHDの身体をプレイしている2〜3時間かける詳しい検査を受けて診断が下りている。
- 嫉妬は他人に貼り付けられる私的言語「令和人文主義への批判は結局は嫉妬なのでは」というリスナーの問いに答えて。