修行してから世に出ようとするな
しゅぎょうしてからよにでようとするな
福尾がフィロシャピーのエッセイ講座でよく言うこと。
番組より
修行してから世に出ようとするな、しない方がいいって言ってて。修行してるところも見せるっていうぐらいの感じでやらないと、いつまで経っても多分、世に問うってことができないまま終わっちゃうから。
俺もう一つのキーワードとして、恥をかくっていうことだね。半分そうだったとしても、もう半分本当に恥かくわけだから、やっぱ恥はかいた方がいいと。
この項目について
修行を済ませてから世に出よう、としない方がいい。修行しているところも見せるくらいの感じでやらないと、いつまで経っても世に問うことができないまま終わってしまう。荘子itは北野武の「練習してから出るんじゃなくて、場に出て人前で芸を披露することからしか成長しない」を重ね、さらに自分のキーワードとして恥をかくことを挙げる。「それは恥をかくパフォーマンスじゃないですか」と言われることもあるが、半分そうだったとしても、もう半分は本当に恥をかいているのだから、やはり恥はかいた方がいい。「日本は恥の文化ですから」。
この項目が出てくる回
関連項目
- 通念のフィルターに自分を通す変な操作内向的か外向的か、という世に言う通念——常識のようなもの——があって、それに一度自分を通してみて、どちらになるかを見る。
- 質問で最後に大きく転ぶ仕込みかと思うくらい、質問によって話が最後に大きく転んで大テーマにたどり着くことが結構ある。
- 反か脱か非か、その次に異現代思想系の人がよく言うこと——破壊ではなく脱構築だとか、反戦ではなく非戦だとか(それは坂本龍一だが)。
- そこからその結論が出てくるのか福尾が荘子itについて言うこと—— **一個一個の言っていることはすごくよく分かるし共感する部分も多いのに、 次の一歩がどこに行くかが常に分からない。
- 自認は自分にしか分からないはず「自認レゼ」のように、他人の自認を勝手に当て込んで言う—— それは言うまでもなく失礼だし、めっちゃ変な気がする、と福尾は言う。
- ADHDの身体をプレイしている2〜3時間かける詳しい検査を受けて診断が下りている。
- 嫉妬は他人に貼り付けられる私的言語「令和人文主義への批判は結局は嫉妬なのでは」というリスナーの問いに答えて。
- 文化の盗用はゼロにできないアプロプリエーションという語自体はネガティブでもポジティブでもなく、 どこかから持ってきて使うということなのに、 日本語の「盗用」には盗むというネガティブな語が入っている—— その含意のすれ違いもある、と福尾は言う。
この項目に言及している項目
- いいやつだと思われたら終わりケアという言葉を使いたがらない理由として福尾が挙げる、自分のポリシー。
- 癖はメソッド化しにくい「癖の作り方」を訊かれた癖の発案者としての答え。
- 結果的にケアになっているもの荘子itも、ケアという文脈で語りたくないと思っていた—— **ケアという形ではなく、結果的にケアになっているもののほうが好き。
- 自己開示すればするほど偉い空間福尾が大学時代、臨床哲学のワークショップ的な授業を何回か受けて 本当に嫌な空間だと毎回思っていた理由。
- 善意は必ず罰せられるドゥルーズの言葉として福尾が挙げる。
- テクニックの民主化がエリーティズムに反転する漫才のコンテスト審査や考察について福尾が言うこと。
- 豆腐は疎な食材ストレス解消の話が麻婆豆腐に着地したところで。
- バイブスリーディング哲学書を初めて読む人へのアドバイス。
- 恥をかけばかくほど修行してから世に出ようとするなに続けて荘子itが出すキーワード。