機械を通じて人間性を感じさせる
きかいをつうじてにんげんせいをかんじさせる
没のリリックに出てくるセオ・パリッシュとトラックスマン。
番組より
肉体が神ってことなのかもしんないけど、その人の結局なんか神性を俺は感じるのは、その人のなんか肉体が出てきてるから。
セオ・パリッシュもトラックスマンもDJとマシンビートのプロデューサーってことで、機械を通じてでもそいつの人間性を改めて感じさせるっていう。
この項目について
「夏に増しますセオ・パリッシュ」の「増します」に神が掛かっている、 プロデューサー自体を神として見るという話から。 没は「肉体が神」なのかもしれない、と言う—— その人の神性を感じるのは、その人の肉体が出てきているから。 荘子itはそれを受けて、 二人ともDJとマシンビートのプロデューサーで、 機械を通じて、かえってその人の人間性を改めて感じさせる、と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 言語化しようとしていない頭が悪いのか何なのか分からないけれど、 自分の人生をそんなに言語化しようとしていない、と没は言う。
- 映画音楽は一切サンプリングしていない映画音楽っぽい、映画っぽいと言ってくる人が多い。
- 二回目の質問をしなければいけない「トラックスマンだよね」と言えば自分たちには通じるが、 そう言われても二回目の質問をしなければいけない人のほうが多い、 と荘子itは言う。
- 一行一行で揺れる自己開示という言い方はあまり好きではない、と荘子itは言う。
- 文章が二重で見える文章っぽいと言われることを、荘子itは狙いであり強みだと考えている。
- 21世紀とフェイスオフ没のリリックの一行。
- 無駄で繋がっている喧嘩もいっぱいしたが、もう今更言うこともない——という流れで。
- 記録に残らないものを記録する没のリリックに「早すぎて記録に残らない映像」という一行がある。