シットシッポ Wiki

どちらの態度をとっても作品がないがしろにされる

どちらのたいどをとってもさくひんがないがしろにされる

福尾があいちトリエンナーレのボイコットを思い出して言うこと。

初出
作り手とメディアのこれから(2026年3月9日)

番組より

どっちの態度をとっても作品がないがしろにされ続ける。それこそポジショントークの話ばっかりになっちゃうから。

その場を作ってる人の責任っていうのは、その作品の内実に目が行くようにするってことが一番必要なことだと思うんだけど。

この項目について

出す/出さないのどちらを選んでも ポジショントークの話ばかりになってしまい、 作品がないがしろにされ続ける。 あのときは海外作家中心にボイコットが起き、 日本の作家の多くはそのまま展示したので、作家の内部にも分断が生まれた。 編集者やキュレーターのような、場を作っている人の責任は、 作品の内実に目が行くようにすることだと思うが、当時はそうならなかった。 ある程度ポジションを明確にすることも必要だが、 どうやって「それだけ」にならないようにするかも考えなければいけない。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目