男子校的コミュニケーションの感覚の歪み
だんしこうてきこみゅにけーしょんのかんかくのゆがみ
荘子itが東浩紀の髪について「ハゲ散らかした」と言ったことを、福尾が休憩中に「言葉としてそういう表現をするのはいかがなものか」と指摘し、荘子itが放送に戻ってから訂正する場面。
番組より
そういう男子校的なコミュニケーションゆえの、そういうのがあまりにも日常茶飯すぎて許されるという感覚の歪みによって、そういうことを言ってしまって申し訳ない、謹んで訂正させていただきます。
この項目について
本人はきわめてポジティブな意味——「それこそがめっちゃ本当らしさを感じるところ」——のつもりだったが、いじりのつもりがないぶんかえって厄介だ、対男性ならいいというものでもない、と自分で確認していく。「男子高的なコミュニケーションゆえの、そういうのがあまりにも日常茶飯すぎて許されるという感覚の歪み」。同時に、プラクティカルに直したほうがベターだという話はいくらでもしたほうがいい一方で、その背後にあるコミュニケーションのあり方を全て燃やし尽くすのもいかがなものか、という両方が並べられる。番組が繰り返し戻ってくるグルーミングのなさの主題が、ここでは番組自身の言葉づかいに向けられている。
この項目が出てくる回
関連項目
- 標準語のタメ口で疑問文が言えない福尾が前々からずっと気になっていること。
- グルーミングのなさグルーミングは今でこそセクハラ・パワハラの温床である「飼いならし」のイメージが一般化しているが、もともとは毛づくろいの意味で、大事なものとして使われていた。
- 逆張り性と熱狂の悪魔合体逆張り的でアイロニカルな感性でやりながら、同時にそれで人が本当にぶち上がってしまう。
- 芸術は立場をはぐらかしながらにじり寄れる現実では「リベラルとかどうでもいいから男磨きしよう」か「そういうのは全部時代遅れだから批判していこう」のどちらかのポジションを取らされてしまう。
- 本音を言ったことになるための手続き「そういう形式にしまわないと本音を言ったことにならない」ことの強引さのほうが気になる、と福尾は言う。
- 躁でも鬱でもなく平熱「人の欲望に手を突っ込むな」という福尾の言葉がツイートとして伸びたことについて、荘子itは「対立せずにこの微妙な塩梅で考えよう、ということを言っているんだと思う」と読む。
- 非対称性の保存現に存在する暴力を、芸術はある意味で別の形に保存する。
- 反実現Gilles Deleuze は芸術をパントマイムになぞらえて語る。