誰もが近所を持っているが、誰も近所を私有していない
だれもがきんじょをもっているがだれもきんじょをしゆうしていない
福尾が最近書いた近所についての文章の核心。
番組より
誰もが近所を持ってるんだけど、誰も近所を私有してないっていう逆説みたいなのがある。
街と自分の体っていうのはほとんど相似の関係にあるというか。足の外部化が車らしいみたいなことをどんどんいろんなものに敷衍して考えていったら、コンビニは自分の家の冷蔵庫。
この項目について
誰もが近所を持っているのに、誰も近所を私有していないという逆説。 自分の家の最寄りのコンビニは自分の近所であり、 自分の身体の拡張された何かではあるのだが、当然それは自分以外も使っている。 近所は住人の数だけあるという話は、この逆説から出てくる。 TaiTanはその手前で「街と自分の体はほとんど相似の関係にある—— 足の外部化が車で、コンビニは自分の家の冷蔵庫だ」と言っている。
この項目が出てくる回
関連項目
- リアルな街づくり今回の企画のモチベーションはどこにあるか、と訊かれてTaiTanが答えること。
- 改めて世界を肯定し直す世界観が違うとは言っても、自分が音楽で伝えられることは 究極そこなのだ、と荘子itは言う。
- 奥行きは作りたいが、広がりではないこの番組にも奥行きは作りたい。
- 存在していることを表明しなくていいすでに認められているブランドと何かをやるとか、 大きなポップアップをやって売上を作るとか—— そうやって外的な評価軸を作って、 そもそも存在しているということを表明しなければいけなかった。
- 近所は住人の数だけある最寄りのコンビニ、最寄りのスーパー、最寄りの駅—— その集合によって自分の近所は構成されていて、 それは確実に自分しか持っていないものなのに、 **誰ともバッティングしない状態で共存し得る。
- ライスワークとライフワーク飯を食うための仕事と、人生のための仕事・生きがい—— その二分法が全然好きじゃない、と福尾は言う。
- ポテンシャルを発揮できると確信するまで仕事を振らない概要だけ伝えて「これ面白いと思いませんか」と訊き、 面白そうです、乗ります、となったら そこから先はあまりコントロールしようとしない—— TaiTanの仕事の振り方について福尾が言うこと。
- エネルギーとエネルゲイア三人で話していると元気が生じて、実際に元気になる—— そこから荘子itが言うこと。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
- 文化の盗用はゼロにできないieiai・アプロプリエーションという語自体はネガティブでもポジティブでもなく、 どこかから持ってきて使うということなのに、 日本語の「盗用」には盗むというネガティブな語が入っている—— その含意のすれ違いもある、と福尾は言う。
- プライベートとパブリックは簡単に線引きできないieiai・日記はプライベートな文章、エッセイや小説や評論はパブリックな文章、と大雑把には分けられる。
- 淡々と人が喋っているのを聞いていたいieiai・コテンラジオやゆる言語学ラジオのような教養コンテンツが来ているのは、教養の復権という話ではなく、ある程度長い、変な高低のないコミュニケーションをずっと聞いていられるということでしかない気がする、と福尾。
- きついと思うかどうかはお前次第eiai・村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』に出てくる格言——Pain is inevitable but suffering is optional。