改めて世界を肯定し直す
あらためてせかいをこうていしなおす
世界観が違うとは言っても、自分が音楽で伝えられることは 究極そこなのだ、と荘子itは言う。
番組より
改めて世界を肯定し直すこと。肯定っていうか享楽でも言葉は何でもいいけど、とにかくこれはこれで楽しいんだってことを思い出す効果は絶対に音楽の一側面としてあるから。
俺らはだから街を、クソはクソなりに街としてあって、その中で疎な部分という風に俺らが言うような、面白い部分面白い捉え方をするっていう。結構発想の転換的な側面が強いかもね。
この項目について
肯定でも享楽でも言葉は何でもいいけれど、 とにかくこれはこれで楽しいんだということを思い出させる効果は、 音楽の一側面として絶対にある。 だから音楽に集中するとそれをやらざるを得ない。 それに対して、現実の社会はここをこうすればこうよくなる、という部分がある—— その意識は自分より福尾のほうが現実的にあると感じる、と言うが、 福尾は「自分がそれをできるという感覚がない」と返す。 そのうえで荘子itはリアルな街づくりに返す—— 自分たちはクソな街をクソなりに街としてあると認めたうえで、 そのなかの疎な部分、面白い部分として捉え直すほうで、 発想の転換的な側面が強い。そっち側の都市論もあり得るはずだ、と。 世界への信頼を取り戻すの続き。
この項目が出てくる回
関連項目
- リアルな街づくり今回の企画のモチベーションはどこにあるか、と訊かれてTaiTanが答えること。
- 奥行きは作りたいが、広がりではないこの番組にも奥行きは作りたい。
- 存在していることを表明しなくていいすでに認められているブランドと何かをやるとか、 大きなポップアップをやって売上を作るとか—— そうやって外的な評価軸を作って、 そもそも存在しているということを表明しなければいけなかった。
- 近所は住人の数だけある最寄りのコンビニ、最寄りのスーパー、最寄りの駅—— その集合によって自分の近所は構成されていて、 それは確実に自分しか持っていないものなのに、 **誰ともバッティングしない状態で共存し得る。
- ライスワークとライフワーク飯を食うための仕事と、人生のための仕事・生きがい—— その二分法が全然好きじゃない、と福尾は言う。
- ポテンシャルを発揮できると確信するまで仕事を振らない概要だけ伝えて「これ面白いと思いませんか」と訊き、 面白そうです、乗ります、となったら そこから先はあまりコントロールしようとしない—— TaiTanの仕事の振り方について福尾が言うこと。
- エネルギーとエネルゲイア三人で話していると元気が生じて、実際に元気になる—— そこから荘子itが言うこと。
- 庭師TaiTanが自分の立ち位置をこう呼ぶ。
となりで喋られていたこと
この項目に言及している項目
- 一切の数字を見せないでくださいTaiTanがプロデュースに関わっている番組で、 出演者が最初の打ち合わせで一言だけ強く言ったこと—— **僕に一切の数字を見せないようにしてください。
- 決め魚ですトークイベントのあと、TaiTanは油そばを食うと決めていた。
- 元気はその都度生じる元気とは、元々あったものを金のようにやりくりするのではなく、 その都度生じるものだ、と荘子itは言う。
- 言葉は自動機械を生み出す言葉が先走ることへの葛藤はあったか、と訊かれて荘子itが答える。
- 座敷わらしDos Monosの事務所で福尾が畳の上に座っている、あの位置づけ。
- 信頼は信用と違う信頼は「信じて用いる」ではなく「信じて頼る」だ、と荘子itは言う。
- 誰もが近所を持っているが、誰も近所を私有していない福尾が最近書いた近所についての文章の核心。
- 悩んではいるが願いにはなっていないこの番組をこれからどうするか、とTaiTanに相談してみたものの、 福尾は途中で我に返る—— **相談したほうがいいかなと思って相談しているだけかもしれない。
- 乗っかりしろのある依頼TaiTanの仕事の振り方について。
- 番組の主役はどっちなのか二人で喋る番組で、主役はどっちなのかをTaiTanはずっと考えている。
- ひらがなの「まち」と「都市」企業が絡む企画では、絶対にひらがなの「まち」にしなければいけない という謎の暗黙のレギュレーションがある、とTaiTanは言う。
- 弱っていない部分にフォーカスする斎藤環との対談で福尾が言ったこととして、荘子itが紹介する。