2026年8月19日
緊急収録【ゲスト:TaiTan】
TaiTanをゲストに迎えた回。聞き役をどう回すか、ポッドキャストで 奥行きを作るとはどういうことか、という話から、 街に対して面白くあってほしいという生理的な怒りと、 音楽で世界を肯定し直すこととが並べられる。
話の流れ
- 0:21TaiTanが来てくれましたドラム式洗濯機をもらってきた、という話から。一世一代の滑らない話。
- 5:52一歩引いて見たら面白いかもしれない年齢を重ねたこともあるが、この番組で1年間、自分の身の回りに起きたことを喋ってみたら意外と面白くなる、という手応えもある。
- 8:51ギアチェンジを求められる話し手と聞き役の入れ替わり。だんだん熟達してきたのか。
- 11:4615分くらいなら一人で喋らせてもいいそれくらいの懐の深さはある。
- 14:42その場にいるみんなに伝わっているのか問題自分が行くのはいいけれど、行くということが伝わっているかどうか。
- 20:32決め魚ですなぜなら俺はもう決めていたので。500メートル歩いたことのほうがおかしかった。
- 26:23受け手との相性次第その都度生じるものだから、受け手の存在と受け方、相性で決まる。
- 29:20僕と喋るときより高速回転している逆のほうが良さそうなのに。
- 32:15最初に3人で何をやったら熱いかファーストソロアルバムを出したこともあるが。
- 35:10サイレントリタイア一回一回で何人離れた、という感じ。実はお客さんも求めていない、ということがポッドキャストには往々にしてある。
- 40:59奥行きは作りたいが、広がりではないいっぱいゲストを呼んで比較並行させて広がりを作る、というモチベーションはあまりない。
- 43:56存在していることを表明しなくてよくなった認められているブランドと組む、大きなポップアップで売上を作る——そうやって外的な評価軸を作る必要が、ポッドキャストにはない。
- 46:52いいとも悪いとも思っていない本当にあまり何とも思っていない。
- 49:48ケアの話を持ち出される荘子itの離婚の件でも。
- 52:46やる気を出させるということでもなくTaiTanの仕事の振り方について。
- 55:41消失させてくれないことへのフラストレーションTaiTanまわりだけでなく、ポッドキャスト全体でそうかもしれない。
- 58:25リアルな街づくり街に対して面白くあってほしいという感情。なぜこんなにもつまらないことに金が使われるのか、という生理的な怒り。
- 1:01:20改めて世界を肯定し直す音楽で伝えられることは究極それで、これはこれで楽しいんだと思い出させる効果は絶対にある。
- 1:04:26人は勝手に遊び出す映画館純喫茶おじさんも嫌だし、かといって。
- 1:07:00アートギャラリーの使い方おっかなびっくり出したけれど、俺たち的にはこっちのほうがおもろいでしょう。
- 1:09:01変なところがゼロだと苦しいどこか変じゃないとそもそも面白くない。ディストピア的に感じる。
- 1:12:05近所は住人の数だけある最寄りのコンビニ、スーパー、駅の集合で自分の近所が構成されている。それが誰ともバッティングせずに共存できる状態が街。
- 1:15:41一人暮らしのときは町が家になるその時は楽しい。定住と流浪の本能のぶつかり合い。
- 1:19:01見た感じそのままアルバムを聴いた人にも、あの曲の歌詞はそのままだと。
- 1:22:22言葉は自動機械を生み出す考える前に次から次に言葉が出てくる喋り。政治的なアジテーションだって。
- 1:25:42現実にしていきたいさっきの街の話にとても近い。
この回で出てきた言葉
- 改めて世界を肯定し直す世界観が違うとは言っても、自分が音楽で伝えられることは 究極そこなのだ、と荘子itは言う。
- 一切の数字を見せないでくださいTaiTanがプロデュースに関わっている番組で、 出演者が最初の打ち合わせで一言だけ強く言ったこと—— **僕に一切の数字を見せないようにしてください。
- エネルギーとエネルゲイア三人で話していると元気が生じて、実際に元気になる—— そこから荘子itが言うこと。
- 奥行きは作りたいが、広がりではないこの番組にも奥行きは作りたい。
- 決め魚ですトークイベントのあと、TaiTanは油そばを食うと決めていた。
- 近所は住人の数だけある最寄りのコンビニ、最寄りのスーパー、最寄りの駅—— その集合によって自分の近所は構成されていて、 それは確実に自分しか持っていないものなのに、 **誰ともバッティングしない状態で共存し得る。
- 元気はその都度生じる元気とは、元々あったものを金のようにやりくりするのではなく、 その都度生じるものだ、と荘子itは言う。
- 言葉は自動機械を生み出す言葉が先走ることへの葛藤はあったか、と訊かれて荘子itが答える。
- 座敷わらしDos Monosの事務所で福尾が畳の上に座っている、あの位置づけ。
- 信頼は信用と違う信頼は「信じて用いる」ではなく「信じて頼る」だ、と荘子itは言う。
- 存在していることを表明しなくていいすでに認められているブランドと何かをやるとか、 大きなポップアップをやって売上を作るとか—— そうやって外的な評価軸を作って、 そもそも存在しているということを表明しなければいけなかった。
- 誰もが近所を持っているが、誰も近所を私有していない福尾が最近書いた近所についての文章の核心。
- 悩んではいるが願いにはなっていないこの番組をこれからどうするか、とTaiTanに相談してみたものの、 福尾は途中で我に返る—— **相談したほうがいいかなと思って相談しているだけかもしれない。
- 庭師TaiTanが自分の立ち位置をこう呼ぶ。
- 乗っかりしろのある依頼TaiTanの仕事の振り方について。
- 番組の主役はどっちなのか二人で喋る番組で、主役はどっちなのかをTaiTanはずっと考えている。
- ひらがなの「まち」と「都市」企業が絡む企画では、絶対にひらがなの「まち」にしなければいけない という謎の暗黙のレギュレーションがある、とTaiTanは言う。
- ポテンシャルを発揮できると確信するまで仕事を振らない概要だけ伝えて「これ面白いと思いませんか」と訊き、 面白そうです、乗ります、となったら そこから先はあまりコントロールしようとしない—— TaiTanの仕事の振り方について福尾が言うこと。
- 弱っていない部分にフォーカスする斎藤環との対談で福尾が言ったこととして、荘子itが紹介する。
- ライスワークとライフワーク飯を食うための仕事と、人生のための仕事・生きがい—— その二分法が全然好きじゃない、と福尾は言う。
- リアルな街づくり今回の企画のモチベーションはどこにあるか、と訊かれてTaiTanが答えること。
この回で触れられた項目
この回からの引用
これで雨になりそうだなと思ったらちょん切ったりすりまいたりするのが俺の仕事だから。
→ 庭師
庭師が一本一本の花と対等に、その花の利害関係100%のことだけを尊重してやることはできない。
→ 庭師
二人で話すその番組が設定しているオートチューナーの軸みたいなものは、実は聞き役くんなはずなのよ。
荘子itが喋ってるようで、実は福尾の地場の中で喋らされている。実は主役は福尾匠っていうね。そういう側面も絶対あるからね。
僕のこの16小節の事務所でのある種の座敷わらし感みたいな。
→ 座敷わらし
やっぱり油そばを食べましょう、なぜなら俺はもう決めていたので。決め魚です。
→ 決め魚です
強い意志がある人間と、それを許容する他者っていうので、やっぱりよくできてるなと思う。
→ 決め魚です
元気ってだから本当に元々あったもの金みたいにやりくりするんじゃなくて、やっぱ本当にその都度生じるものだと思うんだけど、そういう時ってやっぱ受け手の存在がめっちゃ重要っていうか。
実態は2人とも大して元気ないわけよ。でもその状態、2人と会話すると元気が生じて、実際2人とも元気になるわけ。
エネルギーってさエネルゲイア、哲学のエネルゲイアの語源が一緒じゃん。エネルゲイアって現実化することみたいなさ感じじゃん。なんか可能態があってさ、現実化したときにそれがエネルギーと呼ばれるみたいな。
相談しては見たものの、何を相談したいんだっけみたいな。相談した方がいいかなと思って相談してるだけなのかもって思っちゃった。
おおむねあんま悩んでないこと多いよね、人ってね。悩んではいるんだけど願いにはなってない。
別にいっぱいゲスト呼んだりして、なんかいっぱい比較並行させたりして、なんか広がりを作りたいっていうモチベーションは僕にもあんまないし。
数字が内面化された瞬間に全てやめたくなってしまうので、とにかく数字が悪くなってこの番組いらないなって皆様が判断したら、その事実だけを伝えてください。
僕に一切の数字を見せないようにしてください。再生数だのランキングだの、ポッドキャストにまつわるいろんな数字。
外的な評価軸を作って、まずそもそも存在しているっていうことを表明しなきゃいけなかったけど、今ポッドキャストってそういうことやる必要もないっていうか。
ライスワークみたいな言葉があるじゃん。ライスワークとライフワークみたいな。飯食うためと人生のためみたいな、生きがいみたいな。その二分法って僕全然好きじゃないんだけど。
やっぱりライス目指しのワークじゃなくて、ただワークしたらライスもちょっとは残るだろうみたいな感じ。
ケアってよく言われるのは弱ってる人の弱ってる部分にフォーカスしてそこをケアすることだけど、そういうのと違う元気づけ方として、弱ってる人であっても弱ってない部分があって、そこにフォーカスを当てるタイプのこともあるだろうみたいな。
そいつが本来持ってたポテンシャルにちゃんと目が向くように働きかけるというかことの方が本質だと俺はやっぱ思う。どっちも必要なんだけど。
概要だけ伝えて、これ面白いと思いませんかみたいな。でもそこから先はもうあんまりコントロールしようとしない感じとかもめっちゃいいなって思うけどね。
概要だけ伝えて、これ面白いと思いませんかみたいな。でもそこから先はもうあんまりコントロールしようとしない感じとかもめっちゃいいなって思うけどね。
そいつがポテンシャルを発揮することができれば、もう大丈夫なのであるという確信が持ってないうちは仕事とか振らないようにするとか。
熱心でめっちゃ福尾さんの本読んでますみたいな、こんな企画考えましたみたいなやつほど、結構なんかこっちとしてはうってなるっていうか、なんかこっちの乗っかりしろないなみたいな感じがむしろしちゃう。
信頼ってのは基本的に信用とは違うからね。信じて用いるじゃなくて頼るだからね。やっぱり相手にこれをやってるからじゃあいいやつだっていう判断じゃなくて、あいつのやってることだから一回認めようみたいなタイプのものだからね。
→ 信頼は信用と違う
俺って多分相当そこにアイデンティティあるんだなって思ってるのよ。リアルな街づくり的な。リアルな街づくりって言うとちょっとペラすぎるんだけど、街に対して面白くあってほしいという感情。
→ リアルな街づくり
なぜこんなにもつまらないことに金が使われたりするのだろうか、ということに対する生理的な怒りみたいなもの結構あるなって、自分は思う立場なんだけど。
→ リアルな街づくり
改めて世界を肯定し直すこと。肯定っていうか享楽でも言葉は何でもいいけど、とにかくこれはこれで楽しいんだってことを思い出す効果は絶対に音楽の一側面としてあるから。
俺らはだから街を、クソはクソなりに街としてあって、その中で疎な部分という風に俺らが言うような、面白い部分面白い捉え方をするっていう。結構発想の転換的な側面が強いかもね。
街と自分の体っていうのはほとんど相似の関係にあるというか。足の外部化が車らしいみたいなことをどんどんいろんなものに敷衍して考えていったら、コンビニは自分の家の冷蔵庫。
誰もが近所を持ってるんだけど、誰も近所を私有してないっていう逆説みたいなのがある。
僕にとっての最寄りのコンビニ、最寄りのスーパー、最寄りの駅みたいなものの集合によって僕の近所は構成されてて、それは確実に僕しか持ってないものなんだけど、でもそれが誰ともバッティングしない状態で共存し得る状態が街であって。
近所が住人の数だけ近所があって、でもみんながそれぞれがうまいことすれ違い合うことによって、それぞれの近所がそのまま成立してるっていう。
それが衝突した後に初めて公共性っていうか、これ誰のものなんだっけとか、これ誰がここ管理するんだっけとかっていう問題が持ち上がるんだ。
企業絡めますよってなったら絶対にひらがなで街にしなきゃいけない。なぜなら街ってひらがなにした瞬間に全てを包含できる。
なぜなら俺が都市に育って都市に生きている、この私にとっての切実な都市問題なんだ。企画ってやっぱそれが一番重要なんだよ。
言葉っていうのは自動機械を生み出すっていうか、それこそもう政治的なアジテーションだってAIでできるわけだからね。
単なる魔法っていうよりは、俺自身が魔法使いであるっていう状態に少しずつなっている。
言葉が現実になるってことの実感が多分ありすぎるみたいな。言葉が錬金術なのであるみたいな、本当にクラシカルなラッパーの聖典の一行目に書いてあるみたいなやつの原理原則をめっちゃ信じてる。