超越性ゼロの会話
ちょうえつせいぜろのかいわ
定食屋の厨房で、おばあちゃんと中年の女性が二人で切り盛りしながら ずっと世間話をしている。
番組より
中年の女性が2人でずっと切り盛りしてる感じで、ずっと2人で世間話してるんだよね。それすごいいいなと思って。
超越性ゼロっていうか、もう本当身の回りにあった話だけみたいな。
この項目について
何十年も一緒に立っているだろうに、 いまだにこういう、なんてことない世間話をずっとしているのか。 荘子itは「そんなふうに俺はなれるかな。ならないかもしれない」と言う。 福尾の実家は超越性ゼロで、本当に身の回りにあった話だけだった。 荘子itの家は逆に、家庭内で普通にいい調子で会話していること自体がなくて、 ほぼ没交渉だった—— だからカードゲームを作ったり物語を作ったりして、 面白いものを元手に話すのがベースになったのかもしれない、と。 自然言語の外側で返すの出どころ。
この項目が出てくる回
関連項目
- 食べた方がいいと、何かしなきゃいけないのあいだ朝起きてから15分か20分、食べた方がいいということと、まだこれができていないということのあいだで、永遠にどちらにもたどり着かずに行ったり来たりする。
- 自然言語の外側で返す物語を語ることも、折り紙を作ることも、自然言語の外側で日常の会話やコミュニケーションを返しているのではないか、という話。
- 憧れ消費とパーツ買いブランドのルック写真で完璧な世界観を見せられると、 福尾は 「そのうちの1個のズボンしか買わないんだから、それできないってことですか」 と逆に圧を感じる。
- クリシェを部分的に自分に許すなぜそんなに書けるのかと訊かれた小説家が答えたこと—— **ここはクリシェでいい、というポイントをどれくらい配分するかで加速させていく。
- リソースが有限だから生まれるまばらさ金もスタイリストもほぼ無限にあれば、最後までこだわりきって世界観を作れる。
- 休符も音符と同じくらい意味を持つ音楽家二人のポッドキャストで「音楽は密だ」と言われて、 荘子itがいい指摘だと受けたこと。
- 音数が少ないのは意図であって意味ではないカニエの音数をめぐる論争について荘子itが言うこと—— **単に音数が少ないというのは意図の話であって、 それ自体が意味だということではない。
- 音楽は密でも嫌じゃない**言語的なものだと、密だとイコール「ちょっといいです」になってしまう。