2025年6月23日
身体の問題と思わされてることが問題
大阪万博の話から、ダンサーの公演を観た二人の感想へ。 メディア環境に振り付けられた結果の歪みが「それはあなたの体の問題ですよね」と 個人に返される、その操作こそが問題ではないか。そこからドゥルーズの 「実際にあったことのパントマイム師になれ」、Greg Egan、 そして福尾の「内面なきプライバシー」まで。
話の流れ
- 0:12子連れ万博ハックベビーカー用の優先レーンがあるので2日で20館ほど回れた。展示自体は正直大したことないが、子供と一日中いろんなものを見て回れるのが楽しい。
- 3:06チェコ館の割り切り一人の壁画アーティストの作品展示にほぼ徹していて面白かった。国全体を紹介しようとすると「世界史資料集の超一部」になってつまらない。
- 5:40null²の予約が取れない落合陽一のパビリオンは倍率100倍以上。朝9時から10時のあいだだけ予約なしで入れる。
- 10:40引っ張り混ぜそば山形の郷土料理・ひっぱりうどんのラーメン版。大阪の「烈火」でしか食べられない。すすめた人は100発100中でハマる。
- 12:40抑圧するまでもないものの返却福尾がなくした財布が戻ってきた。フロイト的に「無意識の断捨離だ」と意味づけたのに全部返ってくる。「抑圧されたものの回帰」ではなく「抑圧するまでもないものの返却」。
- 18:40リアルタイムのコメントが飛んでくるトーク公演のアフタートークで、会場からのコメントが背後のプロジェクターにリアルタイムで映る仕組み。開始直後に批判的なコメントが出て、逆にトップスピードで話し始められた。
- 24:00振付とは何か「唇をつけずに北海道と言ってみてください」から始まる。もともと意識せずそうだったことを、意識してそうしようとすること。メディア環境に強いられている振る舞いを意識的に取り入れ直すこと。
- 29:00体が振り付けられた歪みはどこへ行くのか情報の通路になった体に、スマホ首やストレートネックや自律神経失調症という形でしわ寄せが蓄積する。それが「あなたの体の問題ですよね」ともう一度個人化される、その矛盾した操作。
- 37:00腰痛が治った話『非美学』を書いているあいだずっと腰痛で、椅子もマットレスも枕も変えたが治らなかった。本を書き終えたら一気に治った。自分の体の問題だと思わされていたことは何だったのか。
- 39:00実際にあったことのパントマイム師になれドゥルーズ『意味の論理学』の言葉。芸術は空想を表現するものではなく、自分が受けた傷や実際に起こったことをトレースし直すことでフィクションにすること。
- 41:00Greg Egan『貸金庫』毎日別人の体に宿主が入れ替わる主人公。設定はフィクショナルなのに感じていることは極めてリアル。「人が嘘というのは、つまり面白くないということなんだ」。
- 48:00人に見せない日記のほうが自由なのか『百光年ダイアリー』は自分が将来書く日記が全部読める世界の話。自分しか読まないからこそ限定や編集を加えてしまう。ライフとログのもつれ。
- 53:00綺麗なパンツを履いている庵野秀明が宮崎駿について「これが自分だと言ってみせながら、めっちゃ綺麗なパンツを履いている」と評したという話。
- 57:00内面なきプライバシー外に出ていくものが衝立として機能する。日記をばらばらに投げていると読む人が勝手に「福尾匠」のイメージを作ってくれて、自分はそこにはいない。公開することによって成立するプライバシー。
- 1:01:00恥とかっこよさのバランスリアルな傷を出せているから偉い、ではない。恥とかっこよさのバランスの取り方が斬新であることに作品の面白さはほぼ詰まっている。
この回で出てきた言葉
- 庵野秀明当時の雑誌のインタビューで、宮崎駿はある時期から「これが自分だ」と言ってみせながら 綺麗なパンツを履いている状態になっている、と評したという。
- 意味の論理学「あり得たかもしれないことの道化師になるな、実際にあったことのパントマイム師になれ」。
- 貸金庫毎日体の宿主が入れ替わる主人公。
- 綺麗なパンツを履いている「これが自分だ」と見せながら、実は綺麗なパンツを履いている状態。
- Greg Egan福尾が第1回で勧め、荘子itが読み始めた。
- 実際にあったことのパントマイム師になれドゥルーズ『意味の論理学』の言葉。
- 身体の問題と思わされてることが問題メディア環境や社会に誘導された振る舞いによって体に歪みが蓄積する。
- 内面なきプライバシー『人事』で使った言葉。
- null²大阪・関西万博のパビリオン。
- 恥とかっこよさのバランスリアルな傷や人に言えなかったことを出せているから偉い、という話ではない。
- 引っ張り混ぜそば山形の郷土料理「ひっぱりうどん」(うどんに納豆と鯖の身を入れてぐちゃぐちゃに混ぜる)の ラーメン版。
- 百光年ダイアリー自分が死ぬまでに書く日記が全部データとして渡されている世界。
- 振付「唇をつけずに北海道と言ってみてください」と言われてやってみると、 もともと唇はつかなかったと気づく。
- 抑圧するまでもないものの返却福尾がなくした財布が戻ってきた。
- ライフとログ福尾の講座「日記の哲学」全体のテーマ。
- Louise Bourgeois自分で自分の地獄を作り出しているような作品世界なのに、すごく楽しそうにやっている。
この回からの引用
抑圧するまでもないものの返却っていう、抑圧されたものの回帰のちゃんとしたオルタナティブバージョンがあるっていう。
社会の中で誘導された振る舞いによって生まれた自分の中の歪みみたいなものを、でもそれはあなたの体の問題ですっていう風にもう一回個人化させられるっていう、そのなんか矛盾した操作のことが僕は気になっちゃって。
あれがむしろ不調をドライブしてたっていうか、体の問題だと思わされてたことが問題みたいな感じがする。
実際に起こったことを、あたかもそのままパントマイムで演じるかのようにやり直す。それが本当に芸術がやるべきことなんだ、みたいなこと言ってて。
公開することによって成立するプライバシーみたいなものがあるはずだと思ってて、それを内面なきプライバシーって言ったりしてるんだけど。
恥とかっこよさのバランスの取り方が斬新であるということに、作品の面白さってほぼ詰まってる気がしてて。