2025年6月30日
チルからダル、そしてフォグへ
コロナの後遺症らしき体調の話から食事と代謝へ。そして理念っぽいものをバンと投げないできたが、それをやらなければいけないのか、という話まで。
話の流れ
- 0:00ジメジメして不快ラジオ的な呼びかけをする番組だったか、というところから。
- 3:10後遺症なのかバランスが壊れたのかウイルスの後遺症でそうなっているのか、一度寝込んだことで体のバランスが壊れたのか。原因が一つにカチッと決まるものではない。
- 6:23炭水化物で回すと体が重くなる油やタンパク質のほうで代謝を回すと、体がどんどん楽になっていく。
- 9:33一人しゃべりのコーナーその場で台本にテーマを一つ決めてくださいと書いてあったので、「耳と鼻歌」にした。
- 12:43受け取って自分の何かに活かしたいこの番組では、たとえばアラン・ギロディの映画の面白さなどを。
- 52:16理念っぽいものをバンと投げないそういうものを作らないようにしてきた。だがそれをやらなければいけないのか。
- 55:27オイディプスを仮想敵にするしかないのか全てがそうなっていくしかないのか。そんなことはないだろう。
- 58:37普通の言い方しかできないが、嫌だな世の中について。
- 1:01:56軽薄な奴ら、と思ってしまうこと少し売れている人やメジャーっぽい人への嫉妬のような感情はあるし、なぜあんな奴らが、と思ったりもする。
この回で出てきた言葉
- アンチとして生まれた片割れは続かない音楽のライブが宗教的・カルト的な集会になるのは嫌だから、 街のお祭りのように誰でも入ってくるものにしたい—— その二項対立はめちゃくちゃよくあるものだ、と荘子itは自分で言う。
- イベントレスネス日記が試されるのは、何もなかった日だ、と福尾は言う。
- 嫌なものに名前をつけるのは得意自分が嫌なものに名前をつけるのはすごく得意だ、と福尾は言う。
- 面白かった/つまらなかったと別の次元家族で話題の映画を見に行って、つまらないと思ってしまったときのこと。
- クイックな効果とズシーンと来るもの話題作を見てよかったと思った人の行動がどう変わるかを考えると、 **「確かに中途半端にやっていたかも、明日から真面目に頑張ろう」—— 本当に自己啓発的な効果を生む可能性が高い。
- 現実のほうが強いことが暴かれる『シグルイ』の終わり方について。
- 子宮という言葉で置く収録前に入ったベローチェで、隣の席の女性二人が 「子宮の力」の話をしていた—— 子宮を大事にすると女性としての美しさが磨かれ、人生も充実する、と。
- シグルイ荘子itが大好きな漫画。
- すごそうなオーラだけをまとうことに成功しているすごそうなオーラを出している——それは確かにそうで、 そのオーラだけをまとうことに成功している映画だから、 それがすごいのかもしれない、と荘子itは言う。
- 世界のほうがそうなっているのではないか現実のほうが強いことが暴かれる作品のほうが上だ、 という話で終わらせずに荘子itが続けること。
- 託してしまうことの暴力性大谷翔平や羽生結弦のようなスポーツ選手は、何かを託される人である。
- チルよりダル確固たるものではなく、バイブスや空気感を伝える単語ひとつでもいい——この番組でたまに言っている「チルよりダル」のようなものは必要だ、と荘子itは言う。
- 低気圧に効く薬はない**「低気圧が本当にきついんですけど」と病院で言ったら、 「正直、自律神経を整えるしかないから、お風呂に入ってとか」と言われた。
- どこに錨を下ろすか子宮という言葉で置くの続き。
- 覇王別姫昔の京劇の映画。
- 本当にいいものを知っている俺が一番つまらない**ちょっと売れている人やメジャーっぽい人への嫉妬はあるし、 「なんであんな軽薄な奴らが」と思ったりもする。
- 無内容に焚きつけない音楽のライブはめちゃくちゃ人を焚きつけるものだから、 究極を言えば宗教と同じ—— だからこそその内実をちゃんと問わなければいけない、と荘子itは言う。
- 無理やり希望がある感じにしないすべてをひっくり返すように福尾が言うこと。
- 理念っぽいものをバンと投げない**脱成長は理念として分かりやすいし、正当性も理解できる。
この回からの引用
低気圧に効く薬。そんなあるんだ。ないですって言われたの。
もしかしたら効く場合もあるかもしれないですねみたいな感じで、とりあえず処方しておきましょうかみたいな感じで言ってもらって。
分かりやすくイベントであるようなことが何もなかった日に、それでも書かなきゃいけない、その時に自分の一日から何を獲物として引っ張ってくるかっていう、そこで試されるのが面白い。
→ イベントレスネス
自分の一日の中でイベントらしきものって実際あんまなかったよなみたいな、そのイベントレスな一日の中でも書かなきゃいけないっていう状態が発生したときに、日記が試される。
→ イベントレスネス
なかなか面白かった、つまんなかったと別の次元で何かを見出したいよね。
こんな頑張ってるんだけど最終アウトプットがつまんねえだけになってしまったらすごい失礼な気がする。だからここから何かしらを持ち帰らなければいけないっていう気持ちにはなる。
すごそうなオーラを出してるじゃん。
全方位的に救われようとしすぎだろうみたいなのとかも気になるというか、逆にそこをしないと取りこぼす客層がいると思ってる感じ。
覇王別姫はだから、そういう最終的に救いの言葉があるみたいな甘えも全くないし、起きてることが文化大革命で殺されかけて裏切られるみたいな、そこまである映画だから。
→ 覇王別姫
シグルイ的な、最後奥さんが死んじゃってるみたいな、ああいうさ、本当にめちゃめちゃ自分の剣っていうものを突き詰めて、それは本当にすごいことなんだけど、でも最後奥さん死んじゃうみたいな。
→ シグルイ
主人公に絶望して自殺してるんだよね。
メインストーリーの二人のライバルが剣を極めていくっていうことよりも、徳川幕府っていう社会の中の冷徹なシステムの方がずっと強かったんだってことが最後暴かれて終わる。
国宝みたいな映画がいいことになってることが優勢になっていってるんだとしたら、むしろ世界がそうなっているんじゃないかっていう。
実際の戦争よりも、戦争をやってる国の首脳のイメージ戦略、イメージの戦いみたいなものになっているっていう。
子宮っていうのはある種の目印みたいなもので、仮に子宮という言葉で置いているだけで、でも本当にそれに託されている問題っていうのはめっちゃリアルな旦那さんとの関係だったりとか、自分の社会の中での位置づけの話だったりとか。
でもその子宮っていう言葉で置いたことによって、実際の自分の実社会の中での態勢というかアティチュードみたいなものがクリアになるってことも確かだし、そこめっちゃ難しいなって思ったんだよね。
本当だからクイックな効果は生みづらいじゃん。でもそうやってズシーンとなって1日おーって思うみたいなことを積み重ねて、人は自分が作るものに本当の意味で責任を持てるようになるんじゃないかと思うんだよね。
クイックに国宝とかを見て、私今日からまた頑張ろうみたいな思って頑張る、とりあえず頑張るみたいなものって、すごい無責任な頑張り。
例えばスポーツ選手大谷翔平とか羽生結弦くんとか特にそうだと思うんだけど、何かを託される人じゃん。勝手に託されることの、託してしまうことの暴力性についての距離を取った視点みたいなものもある、映画の中には。
他のものが全部クソだからこれしかないんだみたいな、そういう感じの焚きつけじゃない形で、人をめちゃめちゃ燃え上がらせる、本気で熱くさせるみたいなことがしたい。
それってだから、めちゃめちゃ頑張って選挙活動していろんなところに足を運びましたみたいなことの説得力とどう違うのか。
そうやって二項対立でアンチとして生まれてきた方の片割れってさ、やっぱ持続性が極端に低いっていうか。
そうじゃなくて、理念はあるんだけど確固たる宗教的なものじゃないみたいなものなんだろうな。
僕自身の今まで書いてきたものとかって、あんまりそういうことを作らないようにしてきてる。その理念っぽいものをバンと投げるってことあんまりやんないようにしてきてる感じがあるんだけど、それをなんかやんなきゃいけないのかみたいなのは思うよね。
それは絶対何かは必要だと思う。
確固たるものじゃなくて、バイブスとか空気感を伝える単語一つでもいいんだけど、この番組のたまに言っているとチルよりダルみたいなこととかでもいいんだけど、そういうものは必要だよね。
→ チルよりダル
これはねこれに名前を与えるべきだな。
→ チルよりダル
自分が嫌なものに名前をつけるのはすごい得意っていう感じがしてて。
でもそこからの出口が結局日記とかなんだとしたら、それめっちゃミニマルすぎんみたいな風にも思う。
自分の欲望とか自分の主体性をどこにアンカリングさせるか、どこに錨を下ろすかみたいなことの拠り所として、そういうものが選ばれてるのだとして。
それをやっぱどんどん発明していく、批判しながら発明していく必要が、特にやっぱり哲学とか人文学やってる人にはあるのかなって思ってて。
今もうめっちゃ嫌な世の中だし、嫌だなって思ってるのが正解だと思うんだよね。
希望があるふりするとかなんか嫌なんだよね。基本的にはあんまないじゃんっていう。
なんであんな軽薄な奴らがみたいなことって思ったりもするんだけど、でも彼らやってるしなみたいな、自分まだあんまやってないよなっていう。
本当にいいものを知ってる俺みたいな感じになるのが一番つまんないから、むしろ良かったみたいな。