2025年9月8日
お金と美学、それ以外になにかがある
スマホが壊れ、金がなくなってきた、というところから始まって、 作ることと金の関係、オルタナティブとインディペンデントの取り違え、 荘子itが音楽を担当した映画『海辺へ行く道』、そして福尾のエッセイ「左手のない猿」の 「無惨でもなさ」まで。最後は二人とも講座をやろうという話になる。
話の流れ
- 0:20名乗りを卒業する第6回から始まった「Dos Monosの荘子itです/福尾匠です」をそろそろやめようかという話。ラッパーの「ヨーヨー、マイクチェック」がダサくなったのと同じ。
- 2:10折りたたみスマホが壊れた1年間ずっと買ったことを後悔していたGoogle Pixelの折りたたみが壊れた。「単に重さが2倍になっただけのスマホ」。怨念が伝わって拗ねたのだろう。
- 6:40書いている間は金が発生しない受注仕事以外の作曲は、何ヶ月作り込んでいてもその間の収入がない。二人とも「金がない」から講座を始めようという話に。
- 8:40オルタナティブとインディペンデントは別物最近オルタナティブは、ちゃんとインディペンデントにできていないことの言い訳として雰囲気だけで使われすぎではないか、という福尾の日記に荘子itは耳が痛かったと言う。
- 10:20海辺へ行く道荘子itが音楽を担当した映画。福尾はスパイク・ジョーンズ『かいじゅうたちのいるところ』、ジャック・リヴェット、安藤サクラ主演『0.5ミリ』を思い出した。
- 15:00スタンダードサイズの力映画館で見ると画面サイズだけで意味が生じる。青山真治『EUREKA』をリバイバル上映で見て「こんなすごい映画だったのか」と思った。
- 20:00闇の方向に行かないアバンギャルド普通じゃない映画がすぐホラーや人間の闇の方向に行きがちな昨今、大人の汚さも含めて全部コミカルにやっているのが珍しい。大林宣彦を思い出した。
- 24:00絵の具箱の中のお金福尾が一番感動したショット。その子にとってはお金も、そこらで拾ったものや絵の具と同じ箱にガチャッと入っている。
- 24:50助成金なのにオルタナティブ日本の美術は行政から降りてくる金に依存している側面がある。助成金がないと回らないのに反体制やオルタナティブを名乗るのは、外から見れば矛盾にしか見えない。
- 29:00無惨でもなさ「左手のない猿」のオチ。悲惨なものへの憐れみでも、無惨なものを前にした発狂でもなく、無惨でもないものを見たときに初めて人は考えたり書こうとしたりする。
- 29:40事後的にそうなってしまった手と口の連合発展説。何かができるようになったから進化したのではなく、結果的にそうなってしまったから事後的に何かをせざるを得なかった、というほうが本質をついている。
- 36:40いまは美学の時代だ歴史的文脈もコンテクストも全部ごちゃ混ぜにして若い人の感覚が優先される。だから『非美学』は真っ向から対立している。
- 1:00:00プロと趣味に二分できない領域アートを教える系の講座は「数年に一人天才が出てくればいい」に見えてしまう。世に出て活躍するためというのとは別軸の価値を作れたら面白い。
この回で出てきた言葉
- 海辺へ行く道荘子itが音楽を担当した映画。
- 絵の具箱の中のお金『海辺へ行く道』で福尾が一番感動したショット。
- オルタナティブとインディペンデントは別物福尾がある美術展のぐだぐだなトークイベントで主催者を批判しながら言ったこと。
- 書いている間は金が発生しない受注仕事以外の作曲や執筆は、何ヶ月作り込んでいてもその間は収入がない。
- 換喩的に飛んでいく荘子itが[[左手のない猿]]を評した言葉。
- 事後的にそうなってしまった「左手のない猿」で参照される、人間がなぜ二足歩行を始めたのかを研究した手と口の連合発展説。
- 名乗りを卒業する「Dos Monosの荘子itです/福尾匠です」という名乗りは第6回から荘子itが勝手に始めたもの。
- 無惨でもなさ福尾のエッセイ「左手のない猿」のオチであり、『非美学』後半の議論の圧縮版でもある。
- EUREKA青山真治の没後のリバイバル上映で見て「こんなすごい映画だったのか」と思った。
この回で触れられた項目
この回からの引用
散々助成金とかがないと回らない状態なのに、あたかも反体制とかオルタナティブみたいなことって、そこは普通に外側から見れば矛盾にしか見えないですよね。
結構換喩的に、結構連想ゲーム的に、ゴリッと別の話題にいって、でも全体を通してみると繋がっていたみたいな。
すごい飛び飛びなんだけど、全体としては関連はちゃんとあって。
悲惨なものへの憐れみでも、無残なものを前にしたときの発狂の類でもなく、無残でもないものを見たときに、そこに何か初めて人は何か考えたり書こうとしたりするみたいな。
→ 無惨でもなさ