2025年9月1日
国家と近所
古事記の「記」と日本書紀の「紀」の違いから、日記とは何か、日本とは何かへ。 福嶋亮大に言われた「台湾有事が来たら君らのやってることは何の意味もなくなる」を受けて、 文化こそが国防ではないかという話。そして後半は「近所」について—— 誰も所有していない、まばらでムラのあるゾーンこそがテリトリーの本当のあり方ではないか。
話の流れ
- 2:40記と紀古事記の「記」は言偏で日記の記、国内向けの物語。日本書紀の「紀」は糸偏で漢文、海外向けの紹介。日記の記は内向きのほうだが、本当にインナーなものはあるのか。
- 3:50常にすでに誰かに向けられているプラトン『パイドロス』でソクラテスは話し言葉のほうが魂に近いと言うが、それを書き記したのはプラトンであり、デリダはそこを読み込んだ。対内/対外の区分けは本当は無効ではないか。
- 6:20日本ってなんなの問題戦前のナショナリズムに戻る話ではないが、何者でもないわけでもない。中国の文明を入れ、西洋の文明を入れ、ミックスしながら作られてきた変てこな文化。そこにつなげたいのがこの番組の大きなテーマ。
- 8:50引き裂かれている状態から出発する哲学はヨーロッパのもの、ヒップホップはアメリカのもの。それを東洋のほうが実は深いと言うのではなく、フランス人ドゥルーズを日本で読んでいるという分裂そのものから出発したほうが面白い。
- 11:40劣化版のミックス対外的緊張感ゼロのデタッチメントとしての戦後サブカルチャーは、日本のミックス文化の劣化版だったのではないか。江戸以前が本当だと言いたがる人もいるが、それもリアルではない。
- 13:10台湾有事が来たら福嶋亮大に「台湾有事が来たら君らがやってることは何の意味もなくなりますよ」と言われた。人文系の批評の場でそんなことは言われない。
- 16:50ハイデガー問題の裏返しいまヨーロッパで哲学が死にかけている。ドゥルーズ・デリダ・フーコーはハイデガーの後の世代で、ハイデガー問題を哲学でどう乗り越えるかを真剣に考えた。その態度を引き継ぐものとして読めるのはむしろ我々だ。
- 20:4010年後も同じくらい好きだったら認めてやる荘子itの大学時代の恩師は保守論壇の浜崎洋介。ゴダールが好きと言えば「そんなことを言うやつはバカだ」と返されたが、それも含めて嬉しかった。「最後は保守になるしかない」とも言われた。
- 24:00言葉遊びの擁護同音異義や掛け言葉は「上手いこと言ってる感がダサい」という風潮で嫌われている。だが魂のない空っぽな表層の言葉こそが、新しい魂の感動をもたらす。
- 26:00不幸巧み岩倉具視の「具視」は具体的に見ると書く。今この名前なら「グミくん」と呼ばれるだろう。そこから幸田グミ、そして自分の変名として「不幸巧み」を温めている。
- 39:00左手のない猿都内に出没した左手を失った猿のニュースから書いたエッセイ。写真家の作品集に寄稿し、自分でも到達点だと思っている。
- 40:00カラスに超音波を向けるおじさん家の近くにカラスがいてほしくないという縄張り意識自体が動物的に見えるのが面白い。吸い殻をトングで拾って道の反対側に投げるだけのおじさんも。
- 42:00近所とは何か近所は誰も所有していない。距離が近くても一度も通ったことのない通りは近所と認識されない。まばらでムラのあるゾーンが個々人のなかにあり、同じ空間でそれらが重なり合っている。
- 51:00文化こそが国防軍事力や核による抑止ではなく、リスペクトと愛着があるから揉めたくない、という形で平和が保たれるのが一番いい。原爆の投下先から京都が外された話は嫌いだが、その裏返しでもある。
この回で出てきた言葉
- 記と紀古事記の「記」は言偏で、日記の記でもあり、国内向けの物語として書かれた。
- 近所福尾がいま書いている本の主題。
- 言葉遊びの擁護同音異義や掛け言葉といったポストモダン哲学的なやり口は、いま「上手いこと言ってる感が ダサい」という風潮のなかで嫌われつつある。
- 吸い殻を道の反対側に投げるおじさん福尾の家の前の一方通行の細い道で、自分の家の前の吸い殻をトングで拾い、 チリトリで捨てるのではなく道の反対側に投げるだけのおじさん。
- 浜崎洋介荘子itの大学時代の恩師にあたる保守論壇の人。
- 引き裂かれている状態から出発する哲学はヨーロッパのもの、ヒップホップはアメリカのもの、というのは前提にしていい。
- 左手のない猿都内に出没した左手を失った猿のニュースをきっかけに書いたエッセイ。
- 福嶋亮大福尾との対談で「台湾有事が来たら、君らがやってることは何の意味もなくなりますよ、 何も残らないですよ」と言った。
- 不幸巧み福尾が温めている変名。
- 文化こそが国防軍事力や核による抑止ではなく、リスペクトと愛着があるから揉めたくない、という形で 平和が保たれるのが本当は一番いい。
- 松岡正剛国風文化と中国的な文化が並存しつつ、どちらが優位かが入れ替わりながら歴史が進むという二軸の日本観を持っていた人として名前が挙がる。
この回からの引用
フランス人のドゥルーズの哲学を日本で僕が読んでるっていう、その2つの地域に引き裂かれているという状態自体から出発した方が面白いと思っていて。
誰のものでもないものを、それぞれなりの仕方で、ここからここは自分の近所っていう感じで謎の帰属意識を持ってるんだけど、帰属意識はあるけど所有してるわけではないし、同じ空間の中でいろんな人の近所が重なり合ってるわけだから。
→ 近所
おしっこかけたから何なのってことと、吸い殻を2メートル先に投げたから何なのっていうのは僕の中で同じ。
→ 近所
本当にリスペクトされる文化みたいなものがあると、やっぱりそれって本当に下手な軍事力とかよりも全然国防になると思うし。
→ 文化こそが国防