アーギュメンツ雑誌
あーぎゅめんつ
2017年ごろ、20代中盤の書き手が集まって作った批評誌。
番組より
そういう装置として批評っていうものと出会ったし、それで初めて自分も一人の書き手なんだって思えるようになったし。
著者に会わないと買えない雑誌っていうのが一番大きいコンセプトで、文フリにも出ないし通販もやらないし書店の委託販売もやらないっていう。
この項目について
通販もせず書店にも置かず、著者に直接会わないと買えないという縛りを設けて、それでも各号1500部ほど売れた。パッケージと流通と内容が全部貫通していて、書き手同士のコミュニティを中心に売り歩きながら広げていく。福尾はこの「装置」として批評と出会い、自分も一人の書き手だと思えるようになった。だから福尾にとって批評は、社会現象や話題作について大喜利的にうまいことを言うモチベーションとは全く違う。
2026年4月6日の回
2016〜18年に3号まで出た批評同人誌。福尾は2号に寄稿している。一番のコンセプトは「著者に会わないと買えない雑誌」——文フリにも出ないし通販も書店委託もやらない。著者が「今ここにいます」とTwitterでつぶやくと、東京都内なら20分後には5人集まっている。同時期に流行っていたポケモンGOと比較する言説もあった。手売りにしたのは、批評を読みたい人・書きたい人がどこにいるかを見つけるところから始めよう、というコンセプトから。福尾自身、創刊号の読者として黒嵜想と初めて会い、そこから2号で執筆者になった——読者だった人が書き手にフックアップされるところまで見せていく。ゲンロンのイベントで「雑誌を作る気はないのか」と聞かれて「アーギュメンツが楽しすぎたからこれを超えられない」と答えたという。
この項目が出てくる回
関連項目
- 批評という言葉の三つのレイヤー日本の小林秀雄以来「文芸批評」と呼ばれてきたもの、西洋で始まった「クリティック」という作品の価値づけを指す抽象的な定義、そしてゼロ年代・一〇年代以降に若者が批評誌を作っている文化圏。
- 面白い批評に出会うこと批評に良いイメージが持たれないのは、面白い批評を読んだことがないからでしかない。
- エシカーニバル横浜駅ルミネの柱に貼ってあった謎のフェアの名前。
- コラージュとカットアップ椹木野衣『シミュレーショニズム』の時代は、コラージュを個人の趣味嗜好による箱庭作りとして突き放し、もっとドライに植物的に切り裂くカットアップ(千葉雅也の言う非意味的切断に近い)に価値を見出した。
- 批評家になるな、ポジションを取れ落合陽一の標語。
- 学術書の謝辞問題英語圏の学術書には100人規模の謝辞がつくことがある。
- 落合陽一デジタルネイチャーを、デジタルに埋め尽くされたものも自然として捉え返す東洋的な統合として紹介するが、福尾は「むしろ逆で、自然というものを深刻化しすぎている」と応じる。
- 安野貴博荘子itとはプライベートでも面識がある。