CHILLED映画
ちるど
岩崎の長編一作目。
番組より
画竜点睛の最後の一箇所ね、ここだけはみたいな、目に魂が宿るってことだけはもう説明不可能なんだみたいな。
この項目について
試写に行くのを一度忘れて、染谷将太が待っていた。実家のコンビニの話でもあって、北野武の『TAKESHIS’』のように、ビートたけしとして売れた自分と永遠にくすぶっていた自分がパラレルにありえたことを描いているようにも見える、と荘子it。短編の『VOID』も含めて、コンビニ人間的な系譜——人間性が剥奪されるということをテーマにしている。普段はめちゃくちゃ陽気で面白い岩崎が、道化としてのコメディと映画で描くホラーの両方をやっている。画面内で起きていることとメタ視点が分離していると面白くない——象徴として見えてしまうのではなく、ありえないことなのに本当に画面の中で起きているんだと信じられることが映画の緊張感だ、というのが友人としての荘子itの注文だった。
2026年7月27日の回
監督の岩崎の映画。荘子itが繰り返し話題にする。根底にあるのはコンビニ性だという——みんな仮性から逃れられないのに、なかったことにしている。でも岩崎はコンビニ生まれコンビニ育ちで、地元育ちが無限のエンドレスエイト状態、CHILLED状態で生かされ続ける。そこにまんてんというカレー屋だけが星空として見えている。見どころはファミレスのシーンで、画面の中のリアリティレベルがどこまでメタでどこまでベタなのかが激しく揺らぐ。荘子itは当初、メタとベタが分離して象徴=記号的なカットになっているのではないかと本人に指摘したが、インタビューを読むとスタッフにも反対されながら周到に押し通したと分かって、絶対に貫き通すべきものだったと思い直したという。黒沢清『CURE』のラストの続きを見るようなシーンでもある。
この項目が出てくる回
関連項目
- いつもここから性人間には「いつもここから」と戻ってこられる場所が必要だ、という話。
- 一緒に面白くなっていこう岩崎の周りには「同世代みんなで上がっていこう」「一緒に面白くなっていこう」という感じがある、と荘子itは言う。
- 画面の中で本当に起きていると信じられるか映画になったとき、画面内で起きていることとメタ視点が分離している状態だと面白くない、と荘子itは言う。
- 読まない理由に乗っかってしまう江藤淳『成熟と喪失』を荘子itは大学時代に読んだが、師の系譜には「良くないんだけど一応押さえておきましょう」という前提があり、SNSでもそう言われているので、ベタに読み込む気が起きなかった。
- 目クリクリのZ世代北海道ツアーで対バンしたギザドド/ドゴ。
- ゲームのレイヤーを変えられるワールドカップの日本対ブラジル。
- 物知りを小バカにしてきた2、30年国学や古事記の話をするYouTuberが80万登録を集め、岡田斗司夫が謎の復権を果たしている。
- 猥雑さへのダイブを経てから型を見つけるみんな猥雑さが好きだから身につけていて、その猥雑さの中からちょっと本当のものを見出している、と荘子it。