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人工的なリアルとリアルな人工性

じんこうてきなりあるとりあるなじんこうせい

映画は自然主義的なものがかっこいいとされがちで、古くはアンドレ・バザンのモンタージュ批判から、今ならホン・サンスまで。

初出
真夏の提案(2026年7月27日)

番組より

本当のリアリズムもないし、純粋な人工的なものもなくて、人工的なリアルがあるだけだし、リアルな人工性があるだけだと思うんだけど。

映画から受け取るべきものは、映画自体を信仰の対象にしてもいいんだけど、映画で培った何かを信じる、人工的なものを本物だという、むしろそれは境がないんだっていう、そういうようなことを悟る体験を映画から持ち帰る。

この項目について

でも映画は機械が作っているし機械で作っているのだから、人工性の引き受けという筋がある。本当のリアリズムもないし純粋な人工物もなくて、人工的なリアルがあるだけだし、リアルな人工性があるだけ——なのに流通するときには「これこそがリアル」「あんなのは紛い物でダメだ」という価値判断がなされてしまう。荘子itはそこに信仰の話を接ぐ——映画から受け取るべきものは、映画自体を信仰の対象にすることではなく、何かを信じるというやり方を教えてくれること。人工的なものを本物だと言う、むしろそこに境がないのだと悟る体験を映画から持ち帰る。「映画かどうかとかじゃなくて、そういう新しい形のリアルを本当に信じ直す、熱いなリアルって、という感覚を呼び起こしてくれるもの」。

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関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

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