ペシャンコにされたい
ぺしゃんこにされたい
ブラジリアン柔術を習おうかと思っている、という福尾の動機。
番組より
強くなりたいっていうよりかは、どっちかというとペシャンコにされたいんだよね。
文字通りマウントを取られるみたいな。マウント取ったり取られたりみんなしてるけど、本当にフィジカルにマウントを取られるっていう経験をしてみたい。
この項目について
強くなりたいというよりは、どちらかというとペシャンコにされたい。 殴られて倒されるのはまだ分かるが、 完全に身動きが取れない状態に—— 文字通りマウントを取られるという経験をしてみたい。 みんなマウントを取ったり取られたりしているけれど、 本当にフィジカルにマウントを取られる、手も足も出ない。 筋トレのジムに通っていたときは ウェイトしか扱わないのが寂しくてつまらなかった—— 自分は強くなるかもしれないが、人と、人に触るほうが楽しいだろうと言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 罪の意識と恥の意識をセットで考える罪の意識と恥の意識によって、自分の立ち方が異なる——その視点がすごく面白い、と荘子itは言う。
- コーチングは告白的である寝っ転がってスマホばかり見て、なんなんだお前は、と言うのがコーチングだが、それはやはり告白的だ、と福尾は言う。
- 必要なものが明確に分かる10年ぶりにギターを引っ張り出したら意外と弾けた、という話から。
- ぼやっとした上手さにハマる必要なものが明確に分かるの裏返しとして福尾が言うこと。
- 覚書は告白の逆フーコー晩年の仕事として福尾が説明する。
- 隙があるからこそ規律を内面化するパノプティコンはほとんどミームになっていて、 一部の隙もない監視の網の目という意味で使われがちだが、 フーコーのテキストを読んで面白いのは逆だ、と福尾は言う。
- 1984年は日記の本当のヤバさに届いていないオーウェル『1984年』では**日記を書くことが禁止されている。
- むしろ自己拘束を求める学校の授業で何をしてもよかったからこそ、 むしろバンドをやりたくなったのではないか、と荘子itは言う。