みんな一定の痩せ我慢をしている
みんないっていのやせがまんをしている
ネガティブ・ケイパビリティという言葉が嫌いだ、と福尾。
番組より
だからみんな一定の痩せ我慢してる。つまり言い方変えると、今痩せ我慢ってめっちゃポジティブに考えにくい概念になっちゃってると思うんだよね。
この項目について
一方にポジティブ・ケイパビリティだけの完全に分かっている人たちがいて、でも我々はままならなさを抱えて生きているんだ、という構図が気にしてもいいが気にしていると思われてはいけないと同じ匂いを持つ。みんなそうなのだけれど、それを口実に人と関わっても何も生産的にはならないから、人に見せないようにしているだけ——つまりみんな一定の痩せ我慢をしている。いま「痩せ我慢」はポジティブに考えにくい概念になってしまっているけれど、武士は食わねど的なものが、むしろ大事なのではないか。荘子itは、オールブラックというファッション自体が恥ずかしくなりそうな部分を排除しているスタイルだと言いかけて訂正する——街中でちゃんとオールブラックでソリッドに決めたら、そんな人は普通いないのだから恥ずかしいはず。ちゃんと恥ずかしく、でも恥ずべきことはしない。
この項目が出てくる回
関連項目
- 思い出のすれ違いの積み重ね『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。
- 10先という形式形式を発明したのも梅原大吾なのだ、と福尾は言う。
- 恥ずかしいことと恥ずべきことは違う昨日の配信で聞いた、と福尾が紹介するアフォリズム。
- オーディエンスに向けた戦いSNSのレスバトルは、本当の論争をしているのではなく、それを見ているオーディエンスに向けている——という話から荘子itが引き出すこと。
- ちょっと泳がせてみる渋谷でたまたま入った無料の陶芸の展示で、一番好きだと思った作家が知的障害のある人の施設のアトリエで作っていた人だった。
- 1日の終わりのジュースのために作るその陶芸作家は、作品ができて展示されても何も嬉しくないし、人に見てもらいたいともそんなに思っていないらしい。
- 全員が同じ画面を見ている梅原大吾が言っていて福尾が面白いと思ったこと——格闘ゲームが他のゲームと違うのは、対戦相手同士も、見ている観客も、全員が全く同じ画面を見ていること。
- 気にしてもいいが気にしていると思われてはいけないアフターパーティーのイベントに「全身黒で行ったら怒られますか」と聞いてしまうリスナーの話から。