全員が同じ画面を見ている
ぜんいんがおなじがめんをみている
梅原大吾が言っていて福尾が面白いと思ったこと——格闘ゲームが他のゲームと違うのは、対戦相手同士も、見ている観客も、全員が全く同じ画面を見ていること。
番組より
格ゲーって他のゲームと何が違うかっていうと、全員が同じ画面を見てるっていう。つまり対戦相手同士も全く同じ画面を見てるし、見てる観客もやってる人と全く同じ画面を見てる。
この項目について
FPSは視点がバラバラで、誰が誰と戦っているのかが分かりにくい。格ゲーは一目瞭然で、同じ画面の上で二人のキャラクターが戦っている。荘子itはそれをヒップホップに重ねる——生バンドで各パートがそれぞれの役目を果たすのを客が聴く、という状態ではなく、トラックと歌が両方流れて、自分の曲をかけて一緒に盛り上がる。90年代のゲーセン文化にもヒップホップとのシンクロニシティがある、とも——インターネットがないから「渋谷は強い」「このゲーセンにいるやつが一番強い」「渋谷のやつが新宿に遠征に行く」。
この項目が出てくる回
関連項目
- 思い出のすれ違いの積み重ね『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。
- 10先という形式形式を発明したのも梅原大吾なのだ、と福尾は言う。
- 恥ずかしいことと恥ずべきことは違う昨日の配信で聞いた、と福尾が紹介するアフォリズム。
- オーディエンスに向けた戦いSNSのレスバトルは、本当の論争をしているのではなく、それを見ているオーディエンスに向けている——という話から荘子itが引き出すこと。
- ちょっと泳がせてみる渋谷でたまたま入った無料の陶芸の展示で、一番好きだと思った作家が知的障害のある人の施設のアトリエで作っていた人だった。
- 1日の終わりのジュースのために作るその陶芸作家は、作品ができて展示されても何も嬉しくないし、人に見てもらいたいともそんなに思っていないらしい。
- 気にしてもいいが気にしていると思われてはいけないアフターパーティーのイベントに「全身黒で行ったら怒られますか」と聞いてしまうリスナーの話から。
- みんな一定の痩せ我慢をしているネガティブ・ケイパビリティという言葉が嫌いだ、と福尾。
となりで喋られていたこと
韻を踏んでいること
この項目に言及している項目
- 阿町にいるわ黒嵜想と京都で会うとなったら、だいたい河原町のゲームセンターだった。
- うちはチェーン店ではありません渋谷の陳家私菜で麻婆豆腐を食べたら、メニューに「うちはチェーン店ではありません」と書いてあった。
- 梅原大吾45歳くらいになっても現役。
- 10先という形式を発明したのも梅原格闘ゲームは何千回でもやれてしまう。
- 強さを諦める口実としての弱さ弱さを認めることも、弱さをちゃんとさらけ出せるようになることも大事だけれど、強くならないとダメだよね、と福尾。
- 日記は誰も読んでいないのでは日記ブームと少し距離を取って眺めている、と福尾。
- 批評は最悪のものの肯定「置き引きは置き配の対義語である」という言葉遊びから。