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思い出のすれ違いの積み重ね

おもいでのすれちがいのつみかさね

『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。

初出
嫉妬と本当の闘い(2026年5月4日)

番組より

自分が忘れてる自分のことを相手が覚えていて、相手が忘れてる相手のことを僕が覚えてるって、つまり同じ思い出の積み重ねじゃなくって、思い出のすれ違いの積み重ねが親密性みたいなものの定義なんだ。

俺は覚えてるあいつのことをあいつは忘れてるっていう、俺が覚えてる俺のことをあいつは覚えてる、俺が忘れてる俺のことを相手が覚えてるっていう、すれ違いがすれ違いのままで維持され続ける状態みたいな、それがいいなと思うね。

この項目について

自分が忘れている自分のことを相手が覚えていて、相手が忘れている相手のことを自分が覚えている——同じ思い出の積み重ねではなく、思い出のすれ違いの積み重ねこそが親密性の定義なのだ、と。それだけ言うと若干いい話っぽくパッケージングされてしまうけれど、そこからお互いに小さいキャッシュを積み重ね合っているような状態にもなりがちで、無意識に選択していたものの由来にはっと気づく、という話に続く。

2026年9月7日の回

『置き配的』の親密さの定義が、脳内の2人と現実の2人の調整の話からもう一度語られた。親密さには引力と斥力のどちらもある——同じ思い出を積み重ねて「俺らやってきたよな」ばかりだと、ぐちゃぐちゃしたり、共依存になったり、過剰に憎み合ったりする。俺は覚えているあいつのことをあいつは忘れていて、俺が忘れている俺のことを相手が覚えている——そのすれ違いがすれ違いのままで維持され続ける状態がいい。

この項目が出てくる回

関連項目

韻を踏んでいること

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