10先という形式
じゅっさきというけいしき
形式を発明したのも梅原大吾なのだ、と福尾は言う。
番組より
形式を発明したのも梅原なんだよ。ゲームってさ何千回でもやろうと思えばやれちゃうわけ。
そうするとどうなるかっていうと、対戦のストーリー性を作るのが難しくなる。こいつとこいつがついに当たるみたいなことが、なんとか希少性みたいなものが担保しづらいから。
この項目について
ゲームは何千回でもやろうと思えばやれてしまう。リアルの格闘技はプロでも年間3、4試合、現役中に50試合できたら多いという世界なのに対して、格ゲーは1日に何試合もできるし、トーナメントでも何試合も勝ってやっと優勝になる。するとどうなるかというと、対戦のストーリー性を作るのが難しくなる——こいつとこいつがついに当たる、という希少性が担保しづらい。だから梅原は10本先取という、格ゲーにしてはかなり長丁場の対戦形式を考え、その大会も自分で主催している。そしてその10先ルールで負けなしだった。単に戦って強いというだけではない、という話。
この項目が出てくる回
関連項目
- 思い出のすれ違いの積み重ね『置き配的』の最後のほうにも書いた、と福尾が言う。
- 恥ずかしいことと恥ずべきことは違う昨日の配信で聞いた、と福尾が紹介するアフォリズム。
- オーディエンスに向けた戦いSNSのレスバトルは、本当の論争をしているのではなく、それを見ているオーディエンスに向けている——という話から荘子itが引き出すこと。
- ちょっと泳がせてみる渋谷でたまたま入った無料の陶芸の展示で、一番好きだと思った作家が知的障害のある人の施設のアトリエで作っていた人だった。
- 1日の終わりのジュースのために作るその陶芸作家は、作品ができて展示されても何も嬉しくないし、人に見てもらいたいともそんなに思っていないらしい。
- 全員が同じ画面を見ている梅原大吾が言っていて福尾が面白いと思ったこと——格闘ゲームが他のゲームと違うのは、対戦相手同士も、見ている観客も、全員が全く同じ画面を見ていること。
- 気にしてもいいが気にしていると思われてはいけないアフターパーティーのイベントに「全身黒で行ったら怒られますか」と聞いてしまうリスナーの話から。
- みんな一定の痩せ我慢をしているネガティブ・ケイパビリティという言葉が嫌いだ、と福尾。
となりで喋られていたこと
この項目に言及している項目
- 阿町にいるわ黒嵜想と京都で会うとなったら、だいたい河原町のゲームセンターだった。
- うちはチェーン店ではありません渋谷の陳家私菜で麻婆豆腐を食べたら、メニューに「うちはチェーン店ではありません」と書いてあった。
- 梅原大吾45歳くらいになっても現役。
- 10先という形式を発明したのも梅原格闘ゲームは何千回でもやれてしまう。
- 強さを諦める口実としての弱さ弱さを認めることも、弱さをちゃんとさらけ出せるようになることも大事だけれど、強くならないとダメだよね、と福尾。
- 日記は誰も読んでいないのでは日記ブームと少し距離を取って眺めている、と福尾。
- 批評は最悪のものの肯定「置き引きは置き配の対義語である」という言葉遊びから。