シットシッポ Wiki

フィルモグラフィーとしての連続性

ふぃるもぐらふぃーとしてのれんぞくせい

リレー走かハンマー投げかを、荘子itが自分の側に引き寄せる。

初出
禁煙、コンサータ、嫌いなもの(2025年6月16日)

番組より

映画監督のフィルモグラフィーって、振り返ってみればこの時の作品からこの作品に何かが受け継がれたりとか共通しているものがあったりとかもいろいろ言えるけど、言っても一個一個バラバラじゃん。

バラバラな事情で生まれているものが、でもその作家のフィルモグラフィーとして一個繋がっていると言えるみたいな、なんかその感じ。

この項目について

連続ドラマは、話数が進んでも監督が変わっても、 一つの流れであることが意識されている。 映画監督のフィルモグラフィーは、 振り返ればこの作品からこの作品へ受け継がれたものがあると言えるけれど、 一個一個はバラバラな事情で生まれている。 それでも作家のフィルモグラフィーとして一個つながっている、と言える。 野球やアメフトが1回ごとに区切られているのに対し、 サッカーは一度もボールが外に出なければセットプレーが生まれない—— アメリカは野球・アメフト・映画で、 ヨーロッパのサッカーとはなんとなく違う、とも言う。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

この項目に言及している項目