ポストモダンを通過していない人から順におかしくなっている
ぽすともだんをつうかしていないひとからじゅんにおかしくなっている
二項対立は脱構築したほうがいい、自分はあまり脱構築とか言ってこなかったが普通に脱構築しろよ、という流れで福尾が言う「めっちゃぼやっとした雑感」。
番組より
めっちゃぼやっとした雑感として、ポストモダンをちゃんと通過してない人から順におかしくなってるなって感じがあるの。別にそれはデリダ・ドゥルーズ・フーコーちゃんと読めとかそういう話じゃなくて。
でもそれが一回アメリカで完全に脱色されて、ぐちゃぐちゃした部分が脱色されて、なんか極めて世俗道徳的な部分だけ一般化しちゃったみたいな。
この項目について
ポストモダンをちゃんと通過していない人から順におかしくなっている感じがある。デリダ・ドゥルーズ・フーコーをちゃんと読め、という話ではない。いわゆるポリコレ的なものにはポストモダン思想由来のところもありながら、それが一度アメリカで完全に脱色されて、ぐちゃぐちゃした部分が抜け落ち、極めて世俗道徳的な部分だけが一般化してしまった。東浩紀についても、ナショナリズム回帰ということではなく、その足腰の部分にあるポストモダニズムから受け継いだもののほうが大事だ、と続く。
この項目が出てくる回
関連項目
- 世界への信頼を取り戻すいま、この世界を信じる・肯定するというのは難しいことだと思うけれど、それをやっている感じがあるし、自分もそれをやりたい——福尾がそう言うのを受けて、荘子itが最近よく言っていることとして出す。
- 知ることは動詞21世紀に書かれる『新・人間知性論』とは何なんだろう、という福尾の問いから。
- 政治的な発言とされる幅が狭すぎるそれぞれがしっくりくる形で言葉を言えるかどうかが大事で、自分は自分なりのやり方でそれをするしかない——という話のあとで、福尾が言うこと。
- 表現と人間が別、をもっと解像度高くGEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーの性加害と、SNSに出た謝罪文をめぐって話される。
- 全体がバケツリレーに見える性加害があり、SNSに謝罪文が出て、そのなかでいろいろ言われていて、今は加害者プログラムを受けていて云々——その全体が半分バケツリレーに見えてしまう、と福尾は言う。
- 無自覚な暴力性理念として否定している暴力と、自分自身の無自覚な暴力性とが、まさに対応してしまう。
- 信用と信頼自分がやろうとしている方向性は、いわゆる宗教的な「信じる」ではなく信頼という言葉のほうだ、と荘子itは言う。
- マヒトゥ・ザ・ピーポーGEZANのボーカル。