二人で一個の脳を使っている
ふたりでいっこののうをつかっている
福尾夫婦は二人とも家にいる時間が長く、二人だけで過ごす時間がめちゃくちゃ長い。
そうすると「二人で一個の脳を使っている」ような状態にどんどんなっていく。最初はすごく違和感があったが、いまはあまり気にならなくなった——ストレスを感じなくなったのではなく、「ちょっと今やめて」「一回待って」が言えるようになったから。荘子itは「一回待って、大事だね」と受ける。加えて、生活時間に時差があることで「家庭内別居」的な状態になっており、それが楽でもある。荘子itの家は、夜まで作業する自分と朝が早い妻とで、朝の支度と夕方の迎えを分業する形になっている。「朝ぐらい起きろよと自分でも思うけど、本当にいかんともしがたい」。
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関連項目
- 点はてな「?」の前に読点を1つ打つ用法。
- リテラリティ福尾匠『眼がスクリーンになるとき』の重要概念。
- 解説に見えてしまう本『眼がスクリーンになるとき』を丁寧に読んだ高校生から「『シネマ』に書かれてあることと福尾さんの主張の違いがよく分からない、解説に終始していて福尾さんの思想がどこにあるのか分からなかった」というツイートがあった。
- 動物という通路黒沢清の映画では、人間の世界と「やばいもの」の世界のあいだの通路として動物が機能する。
- 鑑賞料金FXシステム勧める者と勧められた者の関係、そして映画をいつ観るかという時差の問題。
- 葉っぱの影が白いシャツの上を流れたWilliam Faulkner『八月の光』でいちばん印象に残っている描写、と福尾は言う。
- 脳の容量の取り合い同棲を始めたころ、福尾は「めっちゃいろいろ聞かれるな」と負担に感じていた。
- PTAからの卒業中学2、3年で『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を観て「これ来た、超かっけえ」となり、以来ずっとPaul Thomas Andersonが好きだという自意識で来た荘子itが、『ワン・バトル・アフター・アナザー』にハマれず「俺、そんなにPTA好