別のやり方で元気になる
べつのやりかたでげんきになる
なんでこんなに元気が出るんだろう、というところから。
番組より
それに全振りしない。やっぱ別のやり方で元気になるっていうかね、そのこと自体に元気になるっていうか、別のやり方で元気になれたみたいな。
それはドラッグになっちゃうじゃん、やっぱり同じ方法で同じように快楽に来るみたいな感じだと。それだけだとやっぱりそれこそ世界への信頼が取り戻せない。
この項目について
バイブスを上げていこう的なものに全振りするのではなく、 別のやり方で元気になる。そのこと自体に元気になる。 同じ方法で同じように快楽に来る、というだけだとドラッグになってしまう。 それだけだと世界への信頼が取り戻せない—— 今日もいつもと違う形でいい気分になれた、というほうがいい。 初めてライブを見るときの感じの話に続く。
この項目が出てくる回
関連項目
- 作るための場も作っているアルバムの制作とこの番組は、原因と結果ではなく 同時期にやっていたことという平行関係でもある。
- 世界への信頼は結局、神なのか世界への信頼を取り戻すという話を重ねてきたところで、 荘子itがふと言うこと——**やっぱり世界への信頼って、 結局は神なのかな。
- 意図せず視点を行き来しているリリックの中で語りの視点が移っていることについて、 そこまで意識していないと荘子itは言う。
- 初めてライブを見るときの感じリスニングパーティーの感想から。
- エクスペリメンタルライフいわゆるヒップホップの「リアル」に最初から入門していない自分は、 現実との結びつき方を別のやり方で作るしかない——という流れで出てくる。
- フットじゃなくてフッテージヒップホップはリアルを大事にするのだが、 リアルとそれを歌っている人間を結びつけるための道具は、 人から借りてきたものにするしかない——そこが裏腹で面白い、と福尾は言う。
- お互いの劇場の領域が被っている自分の物語の登場人物にしてしまう、というのはあまりしたくない。
- それを見ているのは誰なんだお互いの劇場の領域が被っているの先で出てくる問い。