愚かさを肯定するところまで行くべきではないか
おろかさをこうていするところまでいくべきではないか
作品の外側に口実が逃げているの裏返しとして福尾が言うこと。
番組より
でもその愚かさを肯定するっていうところまで行くべきなんじゃないのみたいな。
それ自体はその楽しさみたいなものを、なんか道徳的なものでマスキングしてないかみたいな思っちゃうんだよね。
この項目について
原爆ドームを真上から見たら車輪みたい、車輪だから扇風機みたい—— イメージがどんどん横滑りしていくことの楽しさが、 あの作品にはあったはずなのに、 その楽しさを道徳的なものでマスキングしていないか。 それが楽しかったというのは、確かに文字通り愚かさと暴力の問題で、 愚かにも楽しんでしまっているわけだが、 でもその愚かさを肯定するところまで行くべきなんじゃないのか。 荘子itは「実際そういうふうに楽しんだけどね」と受け、 あの手品感、ピタゴラスイッチ感を挙げる。
この項目が出てくる回
関連項目
- 密な人だと思い込んでいた頭空っぽ性は疎密にもかなり近い対立だが、別の言い方をすると違う話になるかもしれない、という意図も込めている。
- 密な人が話しかけてきたら怖い密なやつがやってくる、という怖さ。
- ゴテゴテしているが馴染んでいる家具の音楽と言っても、全てがIKEAのように馴染んでいるという話ではない。
- レディオヘッドとエアヘッドエアヘッデッドネスとレディオヘッドの続きとして、 荘子itが二週間かけて考えてきたこと。
- 記号の波が通り過ぎただけゲスト回で、荘子itが一瞬だけわけの分からない記号の羅列を早口で言った。
- 密なのは被害者の側記号の波が通り過ぎただけから、荘子itが対を裏返す。
- エアリプは受信した側が成立させる本人にエアリプをしようというつもりが全くなくても、 エアを察知する人間が一人でもいれば、もうそれはエアリプなんだ—— 福尾がそう言い、荘子itが乗る。
- そこになかったらないですねEverything In Its Right Place の反対語は 「そこになかったらないですね」—— 誰かがXで言っていたのが面白かった、と荘子itが紹介する。