残虐行為の創作性ゼロ
ざんぎゃくこういのそうさくせいぜろ
報じられた事件の内容について荘子itが言うこと。
番組より
そこで行われてることってめちゃめちゃステレオタイプな残虐行為で、全くそういう工夫とかオリジナリティがない。だからそういうところにも支配の虚しい栄光が見える。
言葉にすると体感できないものも憑依させることができる、っていうかそういう感じはしたんだよね。
この項目について
そこで行われていることは、めちゃくちゃステレオタイプな残虐行為で、 工夫もオリジナリティも全くない——「支配の虚しい栄光」 が見える。 別のスペクトルの例として、 公になった「俺の子を産め」という言葉を挙げる—— こちらは創作性ゼロだが、 「何の意味も意図もない」という見方も一つの真実だとしたうえで、 その創作性のなさにこそ衝撃を受けたと言う。 変わった残虐な行為をするのではなく、 生殖の原点に立ち返る掛け声とともにやる。 福尾が「バキの範馬勇次郎しか思い出さない」と返すと、 荘子itは「自覚できない欲求な気がする。 言葉にすると、体感できないものも憑依させることができる」と続ける。 全ての射精にそう思えるはずがないのだから、と。
この項目が出てくる回
関連項目
- リングの外で喋る安心して殴り合えるボクシングのような映画があるとしたら、自分たちがやっているのはそのリングの外で喋る感じだ、と荘子itは言う。
- 目の前に作品があると記述しなくて済むアート関係の仕事で、対話型鑑賞をやってみたいという依頼を受けたが、福尾は最終的にその形は嫌だと言った。
- 千本ノックで言葉を鍛えられた今ならほぼパワハラと言われてもおかしくないような、超厳しいやり合い。
- 書評を依頼された時点で読者になれない作家二人の読書会で出ていた指摘として荘子itが紹介する。
- 色がつかないようにする千葉雅也が『置き配的』を、出てから半年ほど置いてから読み始めた。
- 創造的な非対称性『置き配的』の最後に書いた話。
- 公に出すからこそ偏った主張ができる創造的な非対称性を荘子itが受ける。
- ハラスメントは引用されているジュディス・バトラー『触発する言葉』を福尾が紹介する。