等身大のまま深いことを考える
とうしんだいのままふかいことをかんがえる
『非美学』を繰り返し読み込んでいる高校生からのコメントを受けて、 荘子itが福尾の中高生に親近感を感じられるポイントを分析する。
番組より
普通に等身大っていうか、中高生でも理解できる人間ってこんなもんだよなくらいの感じのまま、思考を深めたり斜め上の面白いことを考えたりっていうことができるんだみたいな。
意外と使ってる言葉とか出で立ちとか普通のままでも、変で深くて面白いことをやっているみたいな、それがいいよね。
この項目について
等身大のままで、哲学のような高尚なものをやれるんだ、 という希望を与えている。 「ドゥルーズ」と言い出したら世の中の人とは違う感じになってしまうのだが、 中高生でも理解できる「人間ってこんなもんだよな」くらいの感じのまま、 思考を深めたり斜め上の面白いことを考えたりできる。 アーティストは奇人変人であることが良しとされる世界だが、 使っている言葉も出で立ちも普通のままで、変で深くて面白いことをやっている—— そこがいい。 荘子it自身も「疑いようなく奇人変人な人は好きだけれど、 奇人変人がかっこいいという美学はあまりない」と言う。
この項目が出てくる回
関連項目
- 内容ではなく説得力生成AIについての質問に答えるなかで出てくる。
- 純粋なインプットがない気が向くままに本を読んでいるだけ、ということが全然ない。
- いいんだろうなと思って見ない**みんながいいと言っているから、いいんだろうな—— そう思ってしまうと、その時点でもう興味がなくなってしまう。
- フリースタイルは別のスキル曲を書いてリリックを書いて曲を作るのとは、全く別のスキルなので、 やっている人はそのための練習をちゃんとしている。
- 擬人化する余地がなくなっていくチャットGPTの人間っぽさより、荘子itが好きなもの—— **戦艦を美少女化する、競馬の馬をキャラ化する。
- 専門家ほど求められていないことをやる美容師がめちゃくちゃいい人で、めちゃくちゃこだわってやってくれているのに、 そんなに似合っていない——そういうときに何が起きているのか。
- 検索ワードを見つけるために旅に出る東浩紀『弱いつながり』の、荘子itが簡潔でめちゃくちゃいいと言う定義。
- マクロな見取り図がないまま掘る雑誌が強かった時代の人は、もっとマクロな視点から音楽に入っていた。