シットシッポ Wiki

2025年8月25日

すべての質問に答える(後編)

前編の続き。純粋なインプットがなくなること、フリースタイルができなくてもいいこと、そして生成AIについての質問へ。父と母がそれぞれチャットGPTの出力を送ってきた、という話が怖かった、と荘子itは言う。後半は2000年代の岡山でどう音楽を聴いていたか。

放送日
2025年8月25日
長さ
1:30:04

話の流れ

  1. 0:09深夜に送り届ける
    前半では終電に間に合わせると言っていたが、もう全然無理。
  2. 3:51純粋なインプットがない
    気が向くままに本を読んでいるだけ、ということが全然ない。仕事にしてしまっているから。
  3. 7:43みんなが見るならいいや
    あまのじゃくなところもある。A24を見ないというのもそれ。
  4. 11:34バタフライエフェクト
    2、3年前に始まった、一つのトピックを深掘りする番組。正直あまり見ていなかったが面白い。
  5. 15:24フリースタイルができなきゃダメではない
    日本だけでなくアメリカでもそんな感じではない。ずっとやっていれば多少できてしまうとは思うけれど。
  6. 19:14音源の方でどんどんやっていく
    ラッパーという職業においてはそれがかっこいい。
  7. 23:04その距離感がセンス
    なぜなのか、以降が未知数すぎる。
  8. 26:56生成AIについてどう考えているか
    リスナーからの質問。嫌でも世界は変わっていくと思うので、活用するのかしないのか。
  9. 30:48父と母がAIの出力を送ってきた
    これが結構怖かった。Dos Monosは今後どうすればいいのかをチャットGPTに訊きました、と箇条書きで送られてきた。
  10. 31:31最近出てきたものを鵜呑みにしてしまう
    YouTubeチャンネルでそうなってしまうのと原点は同じだと思った。
  11. 34:38内容ではなく説得力
    チャットGPTはアキネイターみたいなものではないか。イエス・ノーで答えていくだけで当てられてしまう、あの衝撃。
  12. 38:30最新のものより、ある時期のもの
    ヒップホップの機材でも、サンプラーの型番にそういうことがある。
  13. 42:21一般人にはどうでもいいことへのこだわり
    髪を切る人の「こうしてあげる」系。
  14. 46:012000年代の岡山で
    サブスクのない時代にどう音楽を聴いていたか、という質問。当時は大体3つあった。YouTubeとTSUTAYAと。
  15. 49:52知らない人のブログを読んでいた
    北欧エレクトロニカ、北欧ジャズ。
  16. 53:42できないけれど演奏してみたい楽器
    サックス。管楽器には憧れがある。
  17. 57:32行動のサイクルに乗る
    そのほうが活動的にはいい。ただこの人のモーニングルーティン、朝ラーメンは。
  18. 1:01:23すぐみんなと仲良くなる能力
    それはすごい能力だと思う。心理的に抵抗がないのであれば。
  19. 1:05:14正確に解釈する必要はない
    何か言える件を配っているものに。
  20. 1:09:04高校生からのコメントが多かった
    全体で4、5人。こんなにもらえると思っていなかった。

この回で出てきた言葉

この回からの引用

だから仕事にしちゃってるから、僕ももともと好きだった本読むこととか、純粋インプットってあんまないよね。

純粋なインプットがない

いいんだろうなと思って見ないみたいなこと僕結構あるんだよね。みんないいって言ってるしいいんだろうなって思っちゃうと、もうその時点であんま興味なくなっちゃう。

いいんだろうなと思って見ない

めっちゃ変なものと出会いたいっていう気持ちがあるんだよね。

いいんだろうなと思って見ない

リリック書いて曲作るのとは全く別のスキルだから、あれはやっぱりちゃんとそれのための練習をしてると思うよ。

フリースタイルは別のスキル

批評家とかにおいてのトークショーがうまいのと批評文自体が面白いのは一応別のスキルじゃんみたいな感じで。

フリースタイルは別のスキル

父親と母親がそれぞれAIを使って出力したものを送ってきたんだよね。これ怖かったのよ結構。

内容ではなく説得力

Dos Monos今後どうすればいいのか、チャットGPTに質問しましたみたいな。箇条書きでいろいろもっともらしいことが来るのよ。

内容ではなく説得力

新しいってことは正しいんだみたいな、なんかそういう感じになっちゃうってことなのかな。

内容ではなく説得力

戦艦を美少女化したりするのがあるじゃん。全然人間じゃないもの、本当に人間らしくないんだけど身近なものにしてしまう、あまつさえ萌える対象にしてしまう。あっちの方が面白い。

擬人化する余地がなくなっていく

それもその対象を擬人化してるじゃん。髪の毛は別に人間じゃないから、してあげるとかそういう対象じゃ本来ないんだけど。

擬人化する余地がなくなっていく

専門家ほど、なんか一般人が別に求めてないことをやってしまうみたいな、よくあると思うんだよね。

専門家ほど求められていないことをやる

世の中っていろんな面倒くささ、いろんな人の変なこだわりとかがあったりするみたいな、その変なこだわりがあるっていう前提でうまくストレスを解消していこうよっていう方向の方がすごい健康的だと思って。

専門家ほど求められていないことをやる

検索ワードを知らないとそもそも深掘りができないから、検索ワードを見つけるために旅に出るみたいな。

検索ワードを見つけるために旅に出る

全体像もないまま、ちょっとずつマインスイーパー的に広げていくみたいな感じだよね。

マクロな見取り図がないまま掘る

逆にマクロな視点が最初に見取り図があるってことは、その見取り図から漏れてるものに結構アクセスできなかったりもする。

マクロな見取り図がないまま掘る

一直線に編集なしで流れている俺らの思考が、そのままダイレクトにリアルタイムで動いている時間っていうのは、なんか一つの濃密さはあると思う。情報量とは言えない、なんか情報の存在感みたいな。

まんべんなさがいいことだと思わない

まんべんなさがいいことだとあんま思わない方がいいみたいな話をこれまで何回かしたことあると思うけど、むしろなんか部分的に引っかかりっていうか、1回の放送で1個2個覚えてることがあったらそれでもう十分っていう感じがするけどね。

まんべんなさがいいことだと思わない

普通に等身大っていうか、中高生でも理解できる人間ってこんなもんだよなくらいの感じのまま、思考を深めたり斜め上の面白いことを考えたりっていうことができるんだみたいな。

等身大のまま深いことを考える

意外と使ってる言葉とか出で立ちとか普通のままでも、変で深くて面白いことをやっているみたいな、それがいいよね。

等身大のまま深いことを考える

水出しコーヒーの思想が嫌い。

水出しコーヒーの思想

商売ってそういうものなんだけど、なんか人をバカにした付加価値だなって思っちゃうね。

水出しコーヒーの思想

メニュー一個の店とかいいよね。この前、天ぷら一緒に行った時とかにメニューもはやなくて、入ったらひたすらあげて出してきますみたいなところが。ああいうの安心感あるよね。

メニューが一つしかない店

お酒をやめるんじゃなくて、お酒も飲むけどそれ以外の何かもめっちゃやるみたいな、そういうバランスの取り方はあり得ると思う。

やめるんじゃなくて増やす

やめるんじゃなくて増やすっていうのは一個手かなと思う。

やめるんじゃなくて増やす

自分を律するってほぼ無理と思った方がいい。それができないことに対して、また自分で自分を罰する気持ちになるみたいな、その悪循環が起こっちゃうから。

自分を律するのはほぼ無理

本当に必要なのは、お酒をやめることじゃなくて、記憶を失ってしまうことに対して後ろめたさを感じずに済むような環境を作ることが大事なのかな。

自分を律するのはほぼ無理

ノートとかに取っちゃうと、ノートに取った内容しか残んないから、その印象の方が大事だと思うんだよね。それを泳がせた状態でストックしとくみたいな。

ノートに取った内容しか残らない

そこから紙のノートに移ると、その面が全部一望できてる状態で、視野も固定されてるから、そこで一回その次の一歩を探ってみる。

ノートに取った内容しか残らない