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芸術の使われ方は三つしかなかった

げいじゅつのつかわれかたはみっつしかなかった

アラン・バディウによれば、芸術はだいたい三つの使われ方をされてきた。

初出
フェス=非常勤講師(2025年7月28日)

番組より

本当は4つ目を考えなきゃいけないんだけど、4つ目って何なんだろうねみたいなことをバディウが言ってて。

本当にその3つはさ、全部違うことに見えてさ、今ある現実をこう、なんていうか改めて提示し直しているというか、確認しているに過ぎない気がするんだよね。

この項目について

道徳的なもの——ギリシャ悲劇のように、こういうことをやったら罰が当たると教えるツール。ロマン主義的な天才崇拝——凡人には到達できない美や無限を芸術家だけが宿すことができる、というもの。セラピー的なもの——泣ける映画を見て涙を流してさっぱりする。大体この三つしかなかったので、本当は四つ目を考えなきゃいけないんだけど、四つ目って何なんだろうね、とバディウは言う。荘子itは「それは交換様式D的なことでしょ」と受け、福尾は自分の非美学を交換様式Dに対するFのようなものとして置き直す。三つはどれも違うことに見えて、今ある現実を確認し、世界の手触りを強固にしている点で同じだ、というのが荘子itの見立て。

この項目が出てくる回

関連項目

となりで喋られていたこと

韻を踏んでいること

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