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そっちにも心はあった

そっちにもこころはあった

黒沢清の時代劇について。

初出
濱口竜介/村上春樹(2026年7月13日)

番組より

でもそっちにも心はあったっていうか、そっちは未開人で、なんか近代化が足りてないから心がなかったって話じゃなくて、やっぱり俺らが思う心的なもの、魂的なものかわかんないけど、あったよなっていう風に思える。

この項目について

黒沢清が辿れるのはたかだか1900年代の時代劇の様式なのだけれど、1900年代に初めて時代劇を撮った人たちが引き継いだ1800年代の記憶にまで引き継いでいけば、本当に武士たちの時代に戻れるかもしれない——密教的だけれど、そういう感じが黒沢清には結構ある。恥をかくくらいなら死ぬ、打首ではなく切腹させてくれ、という今からはまったく想像できないリアリティも、映画の様式が厳格であることを通してメタ的に理解できる。濱口竜介の映画が描く「今の人が心だと思いたいもの」には現代性があって今も乗れる。でも織田信長に対立して籠城していた武士たちの心とは何だったのか——そっちは未開人で近代化が足りていないから心がなかった、という話ではなく、俺らが思う心的なもの、魂的なものがあったよな、と思える。その意味で射程の広い映画だ、と荘子it。

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関連項目

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